第2話 まずはリラックスしましょうか


「そろそろ時間ね。麻酔は効いてきたかしら?

 うんうん……。何も感じない? よかった。ちゃんと効いてるみたいね。

 でも一応念のために確認しましょうか。もし麻酔が効いてない状態で歯の治療なんてしたら……ふふっ。とーっても大変なことになっちゃうものね?」


 お姉さんの気配がすぐ隣までやってくる。


「それじゃあ確認するわね。つん、つん……。

 今はほっぺたを指で突ついてるけど、わかるかしら? 触られてるのもわからない? よかった。ちゃんと効いてるみたいね。これなら治療を始めても大丈夫そう。

 触られてる感覚はないけど、口の中が少し苦い? ああ、お口の中に薬が残ってるみたいですね。

 それじゃあ一度うがいしましょうか。お口の中に残ってる薬をそれで洗い流しちゃいましょう?

 え? うがいの仕方がわからない?」


 急にお姉さんの声音がくすくすと笑うようなものに変わる。


「あらあらあら……。そんな子供みたいなことを言うなんて、いくらお姉さんが優しいからって、そんな赤ちゃんみたいな甘え方をしちゃうんだ? お可愛いこと。もしかして、そういう趣味だったりするのかしら?」


 吐息のような笑みが耳元にふきかかる。


「ふふふっ、なーんてね。大丈夫。ちゃんとわかってるわよ。麻酔で感覚がないからうまくお口が動かせないんですよね?

 あなたが面白いから、ちょっとからかってみたかっただけ。

 それじゃあ一緒にうがいをしましょうか」


 耳元で甘い声が囁く。

 粘りつくような声が耳の奥にまで届いた。


「はい、このお水をお口に含んで……。お姉さんの声に合わせて、お口の中を動かしてね……。

 ほら、クチュ……、クチュ……。

 そう。とても上手よ?

 できたら吐き出してね。……ふふ、うまくできたみたいね。念のためにもう一回しましょうか。

 はい、このお水をお口に入れて……クチュ……、クチュ……。終わったら吐き出して……。


 はい、よくできました。お口クチュクチュするの上手ですね。えらいえらい」


「それじゃあそろそろ歯の治療を始めましょうか。

 まずは荒いドリルで大きく削ってから、次に細かいドリルで悪いところを除去しちゃいますからね。


 ああ、こんな大きなドリルをお口の中に入れちゃうなんて、背徳的でゾクゾクしちゃう……。ね、あなたもそう思うでしょう? ほら、こーんなに大きなものがあなたの中に入っちゃうんですよ?

 でも心配しないで。お姉さんに任せたら、すぐに終わりますからね。


 え? 緊張してきた?

 あらあら、そんなに怯えた顔をしちゃって。歯の治療が怖くなってきたの?

 もう、またお姉さんを困らせるなんて、本当に悪い子。

 それじゃあ先にリラックスしましょうか」


 声音がまた優しくて甘いものに変わる。


「大丈夫、安心して。お姉さんはそういうのも得意だから。

 ほら、手を出して。

 こうやって、にぎ、にぎ、するだけで、安心するでしょう? 人は手を繋ぐだけで、リラックスする脳内物質が分泌されるんですって。

 ほら、だんだん体がリラックスしてきたのがわかるでしょう。


 少しリラックスできたけど、まだ怖い? しょうがないわね。じゃあ、頭をなでなでしてあげる。

 ……いい子いい子。何も怖くないからね。安心して、お姉さんに身を任せて。


 あら、顔を背けちゃってどうしたの。

 少し恥ずかしい?

 ふふ。遠慮なくてしなくていいのよ。お姉さんは、あなたの歯を健康にすることが仕事だもの。

 リラックスして、痛みも恐怖も何にもなくて、安心して歯を綺麗になってくれたら、それが一番だもの。

 遠慮なんていらないの。もーっといーっぱいお姉さんに甘えていいのよ? そのほうがお姉さんもいーっぱい甘やかしてあげられるから。


 歯の治療って、ちょっと怖いでしょう。

 わかるわよ。だって、お口の中って自分からだと何も見えないもの。そんなところで何をしてるかわからないから、怖くなっちゃうのよね?

 いいのよ。気にしないで。当然のことだもの。誰だって痛いのは嫌だものね。お姉さんだって痛いのは好きじゃないわ。


 それに歯ってとっても痛いから、ついつい後回しにしちゃうのよね。

 歯医者は苦手? うんうん、そうよね。いいのよ。ちゃんと話してくれてありがとう。正直でえらいわね。

 それに、怖いのに勇気を出してきてくれたんでしょう? いい子ね。えらいえらい。


 あら、もしかして眠くなってきちゃったのかな?

 ふふ。いいのよ。眠ってしまっても。

 それだけお姉さんのことを信頼してくれたってことだもんね?

 いっぱいリラックスして。それで起きたら、ちょっとだけ治療しましょうね?


 あら、起きてるの?

 ふふふ。頑張って起きててくれるんだ。ありがとう。

 それじゃあその頑張りが無駄にならないうちに、さっそく始めましょうか。


 はい、お口アーンして?」


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