第3話 峠を越えよう

「土曜授業だるいよな」

 直人が気だるそうに話しかけてきた。今日は土曜日だけど講義があるため大学に来ていた。

「まぁいいじゃん、講義終わったんだし」

「そうだけどよ、だるいもんはだるいねん」

「そんなことよりも明日暇?」

「暇だけど」

「暗峠行かん?トレーニングとして」

「別にいいけど。他の奴らは?」

「他はバイト」

「なるほどね」

「んじゃ9時くらいに俺の家の前集合で」

「りょーかい。あ、俺部室に忘れもんしたで部室よって帰るわ」

「おけ。んじゃ、また明日〜」

「おう、じゃあな〜」

 暗峠とは奈良県生駒市と大阪府東大阪市の境界部にある峠のことであり、急勾配が続くところがありバイカーやサイクリングをする人がよくいるところだと以前天野さんから教えてもらった。

 家に帰り、行動食や、服装といった準備をし、地図アプリを見て経路設計をした。家から暗峠の大阪府側に出るまで約14kmくらいである。トレーニングとして行くので10kmで何時間で歩けるのかを計測しながら行くことにした。


 翌日の9時家の外で直人を待っていた。 

「ひろ〜おはよう〜」

「お前しちゃ時間通りやな」

「俺ってそんな遅刻する人やと思っとるん?」

「思ってる」

「さすがに友達との待ち合わせは遅れんよ」

「授業も遅れんなよ」

「なるべくね」

 ひと喋りをして、9時5分ごろに出発した。


 学園前駅を通過したあたりで直人が質問してきた。

「ちなみにどれくらいかかるん?」

「峠までは10kmくらいで大阪側まで出ると14kmくらいやな」

「結構遠いな」

「遠いよ。まぁ何事も経験や。実際に歩いてみな分からんし」

「そんなことは無い。どう考えても遠いやろ」

「まぁ、そうやけど」

 正論を言ってるのか矛盾しているのかよくわからない会話をしていた。


 家から約5km地点である東生駒のコンビニに着いた。時計を見ると約1時間が経っていた。

「これで1時間か。この調子で行けばあと1時間くらいで着くな」

「まだ1時間あるのかよ」

「着いてきたお前が悪い」

「誘ったお前が悪い」

くだらない冗談を言い合いながら再び出発をした。


 生駒の地形は坂が多いためアップダウンが激しい。登っては降りての繰り返しである。車とか電車など文明の力がいかに楽かよく分かる。

 コンビニを出て30分くらい経ったころには生駒駅に着いていた。あとは峠を越えるだけ。だが、本当にきついのはここからである。寳山寺というお寺の参拝道を通らないと行けないのだが、階段がめちゃくちゃあり山道を登るより辛いのだ。

「これ登るのか?」

 直人が絶望した顔でこっちを見てきた。

「もちろん」

「頑張るかぁ」

直人は小声でつぶやいた。

「ほら、行くぞ」

「てか、ここに住んでいる人凄いよな。こんな階段だらけの場所に住んでるとか」

「まぁ、強くなりそうやな」

 生まれた時から階段だらけの場所で生活するのはどんな感じなのかふと思った。絶対に運動神経が良い子供に育ちそうだと勝手に想像した。


 季節は秋だというのにバカみたいに暑い。階段を登るだけで、ここまで汗をかくことはあまりないだろう。

「夏に登ったら死ぬな」

「去年の夏に登ったよ。死にかけた」

「死にかけるくらいなら登るなよ」

「死を感じるからこそ生を実感できるんだよ」

「うるせぇよ」


 しばらく登っていると暗峠と書かれた看板が見えてきた。

「まぁ、後30分、40分くらいで着くと思う」

「後、半分くらいか」

「ちょっと休む?」

「いや、大丈夫」

 水分補給だけをして暗峠の方へ歩き出した。

 峠の方に進むにつれてだんだんと家や人気が消えた。車やバイクが通る音がたまに聞こえるくらいで風が木々を揺らす音や鳥鳴き声がよく聞こえる。一気に別世界が広がっている気がした。


「この坂登り切ったら暗峠やな」

「まだあるのかよ」

「多分これが最後だと思う」

「本当かよ」

「本当だよ」

 最後の坂と聞くだけで少しだけ元気が出てくる。人間とは実に不思議だ。距離が分からないと不安になったりやる気がなくなったりするけどそれが明確になった途端に前向きになったりやる気がでてくる。

 坂の頂上付近の高架下をくぐり抜けたら暗峠の頂上に着いた。ここまで約10㎞くらいで約2時間くらいかかった。ほぼ計算通りで着いた。

「5㎞で1時間10㎞で2時間くらいやな」

「早いのか遅いのかよく分からんな」

「大体平均的だと思う」

「にしても、疲れたな」

「まだ下りもあるぞ」

「大阪側に降りるんやろ?」

「そうやけど」

「どうせ降りるんなら大阪で遊ばん?」

 今の時間は昼前なので、降りるのに時間がかかっても下に着くのは休憩を挟んでも12時半から13時くらいだろう。全然遊べないことはない。

「何するん?」

「行きたい場所あるんよ」

「どこ?」

「メイド喫茶」

「直人、お前の口からそんなことが聞けるとは」

「いいだろ、別に」

「いいよ、興味あるし。とりあえず枚岡の駅まで降りるか」

「うぃ」

 枚岡の駅に向けて歩き出した。ひたすら坂を登った後はひたすら坂を下るだけ。だが、下りも下りで中々に辛い。地面がコンクリートのため衝撃は受けるし、ペースも乱れる。名古屋までどんな道かまだ分からないけど早めに慣れた方がいいと感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る