涙のこらえかた

羽入 満月

涙のこらえかた

 ねえ、あなたはさ、涙のこらえかたって知ってる?


 目のはしに涙がたまった時、涙をこぼしたくない時にどうすれば涙をこぼれなくするか。


 下を向く?

 ううん。違う。逆だよ。


 上を向くの。

 奥歯をぐっと噛んでね、それから上を見て、最近お気に入りの曲を思い浮かべるの。

 この時のポイントは、明るくてアップテンポな曲を思い浮かべること。

 そうすると涙が引っ込むんだよ。私はいつもそうしてる。


 泣きたくて、でも泣けなくて、ただ無表情でいることができるようになるよ。



 今日も学校からの帰り道、私はいつものように表情もなく空を見上げた。

 すると視界に女の子が飛び込んできた。


 え?

 親方、空から女の子が!的な?


 いや違うか。

 とりあえず、私はその場から一歩後ろに下がった。


 みぎゅ、っという声と共に白いワンピースの女の子が目の前に降ってきて、顔面から着地を決めた。


 おかしい。ここら辺は、高い建物ないし。

 第一、空の真ん中からこの子は降ってきた。

 しかもよく見ると背中には、白い羽が…


 羽?


「いたたた。ひどいでしゅ。避けないでくだしゃいよ」


 謎なコスプレ彼女は、鼻を擦りながら立ち上がる。


「…コスプレ?」

「ぶっぶー。見ての通り、天使です!」


 白いワンピースをはためかせ、純白の羽を広げながら、金髪ショートカットをキラキラ光らせながら、決めポーズをする自称天使。


「…さようなら」


 とりあえず、無視しよう。


「いやいや、待ってくださいよぅ」


 そういいながら、私の前に回り込む。

 もちろん、空から。


「あなたの願い、叶えに来ました 」


 まるで語尾にハートがついているのではないかと思うような能天気さで自称天使は高らかに告げた。


 一本裏道に入っているとはいえ、誰かと遭遇するかもしれないと、少し先にある小さな神社まで移動する。


 天使 (仮) が後ろからついてくる。

 鳥居を抜け、石段を半分ぐらいまで昇り、腰かける。

 地味に天使 (仮)が入れないことを期待したがそれはあっさり打ち砕かれた。天使には神社は効かないらしい。


 天使 (仮)、めんどいから天使でいっか。半信半疑だけど。

 天使は、私が座ったより三段ほど下に立ち、私と視線をあわせた。


「それで?」


 話を促すと


「では、改めて。ぱんぱかぱーん!涙の貯金がたまりましたので、お願い事を叶えに来ました」

「涙の貯金ってなに?」


 聞き返す私に、ずい、と顔を近づけて天使が答える。


「涙の貯金とはですね。理不尽なことなどがあったときに、涙を我慢するとたまる貯金です。他にも、理不尽なことで腹が立ち怒っているときに我慢するとたまる怒りの貯金もあります」

「なんか、保険の積み立てみたい」


 近づく顔を多少避けながら感想を述べると天使は、気にした風もなく、話を続ける。


「それよりはシビアですよ。なかなか貯まらないわりにみなさん直ぐ貯金を運として使ってしまわれます。満額たまるのはなかなか珍しいですよ。もちろん、神さま制度なのでインチキは出来ません。」


 なんだ?神さま制度って。

 まぁいい。


「で、満額になったから、願いをかなえてくれる、と」

「その通りです!!なんでも言ってください。私はあなたの願いを叶えに来たのですから」

「じゃあ、誰かを殺してって願いも叶えられるの?」


 ポツリ、とこぼせば返事が帰ってくる。


「もちろんです。あなたがそれを望むなら。」


 天使は優しい笑顔でそう答える。


「じゃあ、学校ごと生徒も一緒に消してっていったら?」

「もちろん、それも叶えますよ。」


 ますます笑みを深くして答える。



「…私を消してって願いでも?」

「ええ、必ず叶えましょう」


 どこまでも、優しく受け止めるこれは、もしや悪魔ではないのかと疑う。

 まぁ、願いを叶えてくれるなら、悪魔でもいいんだけど。


 そうおもって、天使を見るとやはり優しく笑っている。


「いいの?天使だったら普通、そんな願い叶えちゃダメでしょ?」

「大丈夫ですよー。ほら、神さまを見てください。平等とかいってるけど、全然平等じゃないでしょ。不幸を溜め込み過ぎた人の救済制度ですからね。多少のことは目を瞑ります」


 えっへん、と何故か偉そうな天使が胸を張る。


「でも、あなたがそんな願い事をしないことはわかっています。あなたは、誰かを傷つけるぐらいなら自分が傷つくことを選ぶ人です。誰かが死ぬ位なら自分が死ねばいいのと思うでしょう。そういう人でなければ貯金はたまりませんよ」


 そう言って天使は、また優しく笑う。


「私はそんな誉められるような人じゃない…ただの弱虫だから。」

「いいえ、弱虫ではありません。優しいんですよ」


 私はもう、顔を上げることが出来ず、体育座りをして、ただ下を向き静かに涙をこぼす。


 ほら、下なんか向くから涙が落ちて行っちゃうでしょ。

 暫く下を向いていると、天使が優しく問いかけてくる。


「さて、何を叶えましょう?」


 私は、強くなりたい。

 でも、それは力が、とか、口が達者になるとかではない。

 あまり、身の丈に合わないことを願うものじゃないしなぁ。

 では、こうしよう。


 まず、声をあげずに泣くことを覚えた。

 次に、涙をこらえらる方法を覚えた。


 だから次は。


「泣きたいときに綺麗に笑える人になりたい」


 その言葉を聞いて何故か天使は、一瞬泣きそうな顔をして、でも直ぐ優しい笑顔になって


「あなたの願い、叶えましょう」


 と、右手の人差し指をクルクルと回した。


 キラキラと何かが降ってきたような気がして見上げたが、ただ夕焼けが見えるばかりだった。

 そして、目の前から天使はいなくなっていた。

 辺りを見回しても誰もいない。


 なんだ、夢でも見たのかとくすりと笑って、立ち上がった。

 とりあえず、夢でも馬鹿馬鹿しすぎて気分的には少し上向きになった。


 まだ涙のあとは乾いていないけど、夕日に向かって昔、林間学校の時に歌った「家路」を口ずさみながら帰路についたのだった。

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