ファミレスにて④ 忌避

「途中から色々ありすぎて、突っ込む機会も失ってたよ」

 浅原の長い長い語りが一区切りして、俺もようやく我に返る。それ程までに話に引き込まれていたらしい。

「まあそうだろうな。あの2週間は俺の人生の中で最も濃くて不可思議な時間だったよ」

「まったく…。色々聴きたい事が山積みなんだが、濃すぎてどこから聞いていいのかわからん」

 しかし、どうにも話がきな臭くなってきた。話を面白くするために多少脚色することはあるだろうが、それにしても展開が荒唐無稽過ぎやしないか。

「くくっ。大体わかるよ、お前の言いたいこと。けど先に事の顛末を話そう。それを聞いたら笑えるぜ」

 そう言って浅原は不敵に笑う。今の流れでここから一体どんな笑えるオチがあるというのか。

「けどさ、普通に考えてそんな状況なら逃げ出さないか?別に拘束もされてなかったんだろ。せめてチャレンジくらいはしそうなものだけどなぁ」

 拉致されたのですら本当かどうか疑ってしまうのに、ある程度自由が利く施設でされるがまま従っていましたってのは、到底信じられる話じゃない。まさか浅原、変な薬でもやってるんじゃないだろうな。

「おいおい、お前俺の話信じてないだろ。さっきから顔に出てるぞ。まあ一つ確かなのは、あの女が出した水とサンドイッチは、物凄く美味かったぞ。あれは病みつきになる」

 そう話す浅原の口元から、ポタリと涎が滴り落ちた。

 はっきり言って今の浅原の様子は普通じゃない。段々こいつとこのまま二人きりで話し続けるのは危険な気がしてきた。

「悪い浅原、ちょっと突発で仕事のメールが入っちまった。続きはまた今度聞かせてくれよ!」

 そういって俺は伝票を持って急いで席を立とうとした。だが、浅原はそんな俺の腕を素早く掴むと、そのまま強引に席まで引き戻した。

「まあちょっと待てよ。せっかく久しぶりに会ったんだ、もう少しだけ話そうぜ。お前だって話の続きは気になるだろ?」

 枯れ木のように痩せ細った浅原の手には不釣り合いな凄まじい力に、俺は思わず顔を顰める。

「わかった、わかったよ。その代わり、急いでるから手短に頼むよ」

 浅原は笑いながら頷いた。浅原の黒目が異様に大きく見えるのは気のせいだろうか。浅原が話し始めると、いつの間にか引き込まれて周囲の様子が全く気にならなくなってしまう。

 何だか色々大事なことを忘れているような気がするが、それが何なのか思い出せない。辺りは静まり返っており、浅原の声だけが店内に響き渡る…。

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