旧友の話③-5 14日目…

14日目の朝。その日は最初からいつもと違う1日だった。いつも食事の時間に配膳に来る聖女が、今日はどういう訳か現れなかったからだ。施設での生活は全てが聖女の管理下にあり、彼女がいなければ何一つ回らない。だが、回らずとも腹は減るし、とにかく喉が渇いて仕方なかった。

 どれだけ待っても彼女は来ず、遂には夕方になってしまった。告解室に閑古鳥が鳴いているのは、やはり彼女がいないからだろうか。

 昨日の体調不良の影響で腹の減り具合は限定的だったが、喉の渇きは既に限界に達しつつあった。座っているだけで手足が震え、深海のような息苦しさから陸の上でもがく。あまりの苦しみに耐えかねた浅原は、飲み物を求めて部屋から出ることを決意した。

 この施設に来て2週間になるが、初日以外で出歩くのは初めてのことかもしれない。

 今考えればそれもおかしな話なのだが、いつも行動したり先のことを考えようとしても思考がうまくまとまらなかったり、聖女や信者が取っ替え引っ替えやってきて、何かをする暇などなかったのだ。

 それに比べて今日は水分不足でふらふらなはずのに、誰も来ないから考える時間があるし、頭だけはいつもよりはっきりしていた。

 ひとまず浅原は二階にある大中小の会議室を順に覗いていったが、どの部屋も空っぽだった。人も、物も、そこには何一つない。壁紙も燻んで変色こそしているが、ただの経年劣化でどう見てもまっさらだった。狐につままれるとは正にこのことで、初日に見た壁一面文字で埋め尽くされたあの光景は霧が見せる白昼夢だったんだろうか。

 浅原はそれからすぐに下の階を確認しに行くが、屋内なのに何故かフロアに霧がかかっていて酷く見づらい。こんな時あの蝋燭があればいいのにと考えている自分に驚いた。ここで長く過ごしたことで、思考まで彼らに毒されてしまったのかもしれない。

 いつの間にか玄関の扉が開け放たれていて、霧はそこから漏れ入ってきているようだった。一階を一通り確認したが、二階と同じでどの部屋にも人の形跡は見られなかった。勿論、下駄箱には靴なんて一足も入れられていない。  

 霧の影響なのか、室内の気温が随分と下がってきているような気がする。浅原は揺れる体を更に震わせる。全ての部屋を見終わった頃には階下は霧で満たされていた。いくら山奥と言えど、扉を開放しただけでここまで一気に広がるものなのだろうか。

 とはいえ、霧などただの水蒸気だ。視界が見辛くとも人体への害は全くない。浅原は当初の目的である自動販売機目掛けて霧の中を泳いで行った。

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