第4話
輝く尾鰭を見たサンはほぅと感嘆の息を漏らし、部屋を出た。部屋を出るとサンは顔をしかめ、鼻を鳴らした。
何度か、サンはシュフィの部屋と廊下を行き来し、顎に手を当てたものの、先を進み始めた。
サンは何度か周りを見渡し、ランプで床や壁を照らしていくが、首を傾げた後、先を急ぐ。駆け足気味に向かった先には部屋があった。ロンやシュフィと違い、閉められている扉を二回ノックする。
「はい」
「失礼するよ、リト」
部屋に入るとロンやシュフィの部屋よりもずっと暗く閉鎖された空間の中、本を読んでいるリトがいた。
「……準備できたかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
何やら小難しそうな、文字の小さな本を閉じたリトは机の横に立てかけてあった鳥の羽の形を模した機械を手に取り、背中に装着する。ジェットスーツのジェットエンジンに似ているようにも思えるが、フライボートは部屋のどこにも見当たらない。
リトの部屋はロン、シュフィの部屋とは違い、本棚が多く、本が大量に敷き詰められていた。本を焼けさせないための分厚いカーテン、机の上には歴史書や問題集などが数冊重ねられて置かれていた。リトの手が黒で汚れていることから今まで勉強していたことが伺える。
「もう、行けます」
そう言ったリトは背中に装着している鳥の羽のような機械以外は何も持っていない。
「リトも何も持って行かないの?」
「も、ですか。そうですね、必要ないので」
リトもシュフィ同様、迷うことなく言いのける。
「私達は必要なくとも、貴方は必要だと思いますが」
リトの言う通り、サンもまた、資料とランプ以外は何も持っていなかった。
「それとも全てを置いていく気ですか?」
「それは皆も同じじゃ」
「いいえ。私たちは必要なものを持って行っています。何も持っていないのは貴方だけ」
リトは背中の鳥の羽のような機械を指さしながら答える。
「私たちはもう自分が何者で何なのか、そのくらいの判別は出来ています。では、貴方は?」
リトが問いただすものの、サンは混乱しているのか、髪をかき上げ、かぶりを振っている。
「貴方はここにいて何も思わなかったんですか?」
リトの責めるような口調にサンは逃げるように後ずさりをする。
「こんなにも沢山ヒントがあったのに?」
リトは一歩も動かないが、サンは徐々に下がっていく。
「貴方はここで何を見ていたんですか?」
サンから一度も目をさらさないで聞いていたリトだが、距離を開けていくサンの様子にため息をつき、視線を下げる。
「いえ、すみません。責めたいわけじゃないんです」
リトは小さくかぶりを振り、続ける。
「ただ、その鈍感さが少しばかり羨ましかっただけです」
「鈍感……?」
「サンさんって、私たちのこと何も分かっていないでしょう」
リトはサンの持っていた資料を指さして言う。
「それを読んで理解してる気になっているだけ。本質は何も理解していない」
その言葉にサンは持っていた資料を握りしめる。
「そういうところ凄く似ていると思います」
「えっ」
「でも、一度ついたイメージなんてそう易々と払拭できませんもんね」
目を伏せて言うリトの表情は読めない。
「私たちも鈍感でいられたらよかったんですけど」
リトはただ淡々と話し、俯いているために、感情は読み取れなかった。
「私たちのことなんて皆放っておいてくれたらよかったのに」
「それは先生も?」
サンが驚いて声を上げるとリトは苦笑しながら顔を上げる。
「ソンや先生には感謝をしています。ですが、結局何の解決にも至らなかったんですよ」
一歩も動かなかったリトが動き始めるとサンは少し身構える。
「でも、まあ。私たちが望んだ形ではないけれど、今から少しの間だけ柵から解放される」
リトは苦痛そうな表情を浮かべながらサンへと近づいていく。
「普通、でいなければならないのもシンドイけれど。存外、普通でなくなるのもシンドイものですね」
顔を歪めていたが、声のトーンは明るく、ちぐはぐであった。
「それでも、私は嬉しいのです。長い道のりでしたがやっと叶う」
サンの横を通り過ぎたリトは振り返る。
「先に行っていますね」
軽い足取りで去っていたリトを静かに見送ったサンは指をさされた資料に目を通す。
―—名前・リト 性別・不明 特徴・親から期待をむけられ続けたが、答えられたことはなく、重く受け止めている。普通を望み、せめて勉学だけでもと抗ったが徒労に終わる。何も求めてこない自由を強く望んでいるようだ――
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