第2話

 灯り一つ点いていない廊下はひどく暗く、窓から入ってくる月や星の光とランプの仄かな明るさだけが頼りだった。


 視覚も然程頼りになるわけではないが聴覚よりはましだった。


聞こえてくるのは廊下に響く足音、風が窓にぶつかる音、木々が騒めく音だけだった。


 そんな中、数メートル先の扉がいきなり開け放たれる。大きな音を立てて開かれた扉にサンは肩を跳ねさせたものの、臆することなく扉に向かって駆け足で向かっていく。


 開いた扉の前には乱雑に整えられた髪に、ズボン以外は身に着けていない少年がいた。


「いい?」

「そうだね、ロン。忘れ物はないかい?」

「ない」


 そう答えるロンだが、手には何も持っていない。


「何も持って行かないの?」

「ない」

「それで寒くない? 真冬だけど」

「……ない」


 十二月三十一日の夜。寒くないはずがない。現にロンの上半身には鳥肌が立っており、唇や手足の先は青紫になっている。


「皆が出てくるのは春になってからだろう」


 ロンの部屋にはベッドや机なんてものはなく、代わりに木の実や落ち葉などが部屋のあちこちに落ちていた。しかし、何もないわけではなく、部屋の隅には落ち葉の山が存在している。その山から、布が見え隠れしていた。


 サンがロンの部屋に入ると、ロンは目を見開いた。サンは気にすることなく、落ち葉の中からズボン以外の服一式を取り出す。


「それまでは服を着ていてもいいんじゃないかな。少なくとも後三ヶ月くらいは」


 落ち葉のついている服をロンに渡すが、受け取らない。


「ない」

「この服なら匂いは少ないんじゃない? それにずっと着ていればロンの匂いだけになるよ」


 ロンの手に渡すと、鼻を服に押し付け、一つ一つ匂いを嗅いでいく。サンの鼻では土の匂い以外は何も嗅ぎ取れなかったが、ロンは違うようで、何度か嗅いでは視線を彷徨わせていた。


「時間が経てば匂いも消えるよ」

「……いい」


 服を着始めたロンにサンはホッと息をつく。半裸で冬を過ごせるほど、ロンの体はすぐに丈夫にはなれないからだ。


 拙い手つきで服を着ていくロンだが、靴は一人で履けないのかサンに靴を渡し、足を指さす。


「ない」

「紐硬めに結ぶよ」

「いい」


 靴を履かせるために足を触ると嫌だったのか足を引っ込めようとする。


「足を入れるとこまで自分でできる?」

「いい」


 靴を渡すと、靴に足を入れ足を差し出してくる。足に触れないように靴紐を結ぶと、ロンは周囲を少し歩き回り痛くないかを確認した。


「いい」

「それは良かった。他には何も持って行かなくていいの?」

「いい」

「じゃあ、下で合流しようか」


 サンの言葉に頷き、ロンは四足歩行で素早く部屋から出ていった。その素早さに驚き、サンは手に持っていた資料を落としてしまう。




―—名前・ロン 性別・男 特徴・長らく森で過ごしていた為か、野性的な行動が多く、感覚が研ぎ澄まされている。コミュニケーションは可能だが、「いい」「ない」しか話せない。よく森に行っては吠えている。仲間に会いたいのだろう――




 簡易的な説明しか書かれていない資料を拾い上げ、土を掃う。少し茶色に汚れた資料を手にし、サンは部屋を出た。

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