夜明け前

@husiikai

第1話

 月夜の光がメスやハサミ、レンチ、ドライバーの鋭さを主張するように反射させる。


その光の先で男が眩しそうに目を細めている。


「先生、後は皆に声を掛けたら終わり……ってことですよね」

 

 光の当たらぬ場所にいる先生と呼ばれた男は静かにうなずく。


「先生、ありがとうございました。とてもタメになる授業でした」


 頭を深く下げた男は、手にしていた資料にクシャリと皴をつける。男は数秒間、そうしていたが顔を勢いよくあげて、目をこすり、再び軽く頭を下げた後、部屋を出た。


 廊下も部屋と大差ないくらいに暗かったが、一部ほのかに光っている。男が迷いなくそこに向かうとランプを片手に持った髪の長い男がいた。


「ソン! 先生の所にいないと思ったら手紙を出しに行ってたの?」

「そうだよ、サン」

「今日くらい僕にも誰に手紙を出したか教えてくれてもいいんじゃない?」


 資料を持ったサンが聞くと、ソンは答えずにランプを顔より上にあげて、サンの顔を覗き込む。目がほんの少し赤らんでいた。


顎に手を置いて視線を彷徨わせた後にソンは鼻で笑う。


「泣き虫には教えてやんないよ」


 ソンの返事にサンは困ったように眉を下げる。


「そんな顔であいつ等に会う気か?」

「そんな酷い?」

「ブスだな。はっきり言って」


 肩を落としたサンに、ソンは笑いながら手にしていたランプを渡そうとする。


「ほら。これがないと碌に見回りもできないだろ」

「でも、ソンも必要なんじゃ」

「俺らとサンが違うのはもう分かってるだろ」


 ソンの言葉に渋々ランプを受け取るサン。


「変わらないよ、僕も皆も」

「お前がそう思っても世間はそう思わないんだよ。少数より多数さ」


 サンより僅かに身長の低いソンが手を伸ばし、頭を雑に撫でた。


「でもまあ、ありがとう」


 サンの髪は癖があり、頭をなでると時折、指に絡みつく。反対に、ソンの髪はゴムで髪を結べないほどサラリとしていた。


「さ、ここで油を売ってる暇はない。俺は父さんのところへ行ってから合流するよ」


 サンの髪から指を抜いて、暗い廊下の中を歩き去っていくソン。後をついていこうと足を一歩踏み出したがすぐさま方向を変え、暗い廊下の中を歩き出す。

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