第18話

「きらら!」

 扉を開けた瞬間にきららを見つけると、その名前を呼ばずにはいられなかった。

 そこにはきららを挟むようにお父さんとお母さんが座り、向かいには教師と思われる50代の男性がいた。呆然とする大人たちの中で、きららだけが私の名前を呼んだ。

「ひめお姉ちゃん」

 きららと視線を交わした後、大人の間の机に広げられた高校のパンフレットに目が行った。きららの転校先の候補だろう。それを見た瞬間、頭に血が行き、奥歯を嚙み締めた。

 お姉ちゃん、ごめん。私やっぱり待てないよ。

「はじめまして、先生。私、きららの姉のひめです。知ってほしくて来ました」

 自分でもびっくりするくらい張った声が出た。頭が澄んでいく。気持ちが高ぶれば高ぶるほど頭がクリアになっていった。

「去年の年末、私とお姉ちゃんがリビングでテレビを観てる中、きららは勉強をしていました。私たち自分の部屋でテレビ観ようかって言ったけど「大丈夫」って言って、テレビ消そうかって言ったら「大丈夫」って言って、でも、テレビ観ながら勉強もよくないかなって思ったから、結局テレビは消して、お姉ちゃんと私は新聞にあったクロスワードパズルを解き始めて、また騒がしくなって、それでもきららは「このままでいい」って勉強して。この甘えん坊でお姉ちゃんのことが大好きなきららが、私たちといっしょにクロスワードをやらなかったんですよ。何が言いたいかって言うと、きららはそこまで一生懸命勉強していたし、それだけこの学校に行きたかったんです。それで、がんばって勉強して、ほんとうにがんばって勉強して、合格して通い始めて。まだ3カ月ですよ。3カ月で、たぶん色々あった3カ月だったかもしれないけど、でも、でもですよ。一生懸命勉強して、3カ月で学校に行けなくなって、転校? それなのに、こんなのひどくない? ひどいよ」

「きららが何をしたの? 何が悪いの? 何が悪いの? ひどいよ」

 私の響き渡った声を聞きつけ、お姉ちゃんが教室に飛び込んできて、私を抱きかかえる。

 私の体はいつの間にか、立ってられなくなって、床に膝から崩れ落ちていた。

 お姉ちゃんは私の左腕を肩にかけ、私を立たせようとする。

「学校の先生、聞いてください。お父さん、お母さんも聞いて。きららはこの学校に入学するためにすごくがんばったし、入学してからもがんばって通おうとしたんだと思う。だから、だからね。もっときららの声を聞いてほしい。ちゃんと聞いたって言うかもしれないけどさ、ちゃんと心の中にある言葉を知って、奥の奥の気持ちを知ってほしい。いじめを終わらせるために転校することが一番早い方法かもしれない。けど、いじめを終わらせるための方法じゃなくて、きららのために一番いい方法を探して、選んでください。大好きな妹なんです、きららは。大切な妹なんです、きららは。だから、よろしくお願いします。」

 お姉ちゃんは深々と頭を下げた。お姉ちゃんの声はもう泣きそうだった。私もがんばって頭を下げた。しばらく下げて、上げて、教室を出た。教室の扉を閉めて体の向きを変えると、すぐにまた扉が開いた。きららだった。

「まいお姉ちゃん、ひめお姉ちゃん。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、待ってて。一緒に帰りたい」

「きらら…」

涙がのどに詰まって、私は何も言えなかった。お姉ちゃんは「うん、待ってるよ」って笑った。声は枯れてたけど、ちゃんと笑って見せた。きららも「約束だからね」って笑って、扉を閉めた。心なしか、きららの目に力が戻ったように見えた。

 「それにしても、あんたはしっかりしてよ」って、廊下におろされた。力が入らず、おしりが冷たい床に落ちる。私の両目には涙がたまり、溢れた。比べて、姉ちゃんはきっと車に戻るまで泣かないだろう。それでこそお姉ちゃんだ。私もいつかお姉ちゃんのようになりたい。

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