第16話
翌朝、私はアパートのリビングの床で目を覚ました。駅の方に走り出した後から今までの記憶が全く無かった。
「だれが」
考えなくても、私をここまで運んだのはお姉ちゃんしかありえないんだけれど。見回すと、お姉ちゃんはリビングの逆の端でうつ伏せで眠っていた。
昨日の夜、私にしてはよく言ったものだと思う。おでこに張り付いた髪をはらう。雨でごわごわして気持ちが悪い。お姉ちゃんと顔を合わせたくなかったが、びしょびしょの髪と服で外出するわけにはいかない。
部屋に戻ると、カーテンの開けっ放しになっている窓から台風一過の日差しが強く差し込んでいた。着替えとタオルケットを持って、部屋を出る。雨まみれのまま寝息を立てているお姉ちゃんにタオルケットをかけて、お風呂に向かった。
雨のせいで、髪は海に入った後みたいにごわごわしていた。シャンプーを2回すすいだ時に、洗面所の扉が開いて、閉じた。
「ひめ、聞こえる?」
昨日の今日でばつが悪くて、答えなかった。
「ひめ、聞こえないの?」
お姉ちゃんはあきらめて、それ以上私の名前を呼ばなかった。かべに寄り掛かって、かべがミシって鳴いた。
「まあ、いいや。ひめ、聞こえてなくても聞いてて。私、私さ、ひめやきららが言うほどちゃんとしたお姉ちゃんじゃないよ。ただ少し早く生まれて、少し早く学校を卒業して、少し早く就職したってだけ。私もいつも精一杯だし、ひめに助けられてることいっぱいあるよ。でも、お姉ちゃんだから、ひめやきららの見本になんなきゃとは思ってる」
喉の奥の何か詰まっている物を飲み込んでから、「でも、でもさ、今回は私が間違ってた」と続けた。
「ひめに、2つお願いがあるの。きいて」
涙で喉が鳴ってしまいそうで、タオルを濯いだ音でごまかした。
「私は、ひめもきららも大好き。だから、これからも仲良く三姉妹でいて欲しいと思ってる。それに、2人のこと本当に心から信用してる。今回もちゃんと学校とすべて解決させたら、ひめにも話そうと思ってた。これは本当。でも、何も知らないできららの話し相手になってほしかった。それも本当。
でも、でもね、ひめももう大人だもんね。ちゃんと話して、話してからどうしたらいいか考えるべきだったね。ごめん。これは、きららにもごめん、かな。きららの全部を知っても『私たちは変わらないよ』って、ちゃんと伝えればよかった。いつでも楽しく話してもいいし、いつでも泊りに来てもいいし、つらいことも話していいし、泣いてもいいって、ちゃんと伝えればよかったね。やっぱり、ごめん、だね。これは、ひめもだからね。私の前では泣いてもいいし、吐いてもいいんだよ」
「お姉ちゃんもね」と言うと、浴室で反射して声が泣いているように聞こえた。
「そうだね」
「そうだよ。姉妹だからね」
「そうだね。姉妹だもんね」
台風一過の後には、澄んだ空気が流れ込むという。だから、私たち2人の間にも澄んだ空気が流れ込んだのだろう。
髪が冷えてしまったので、暑いシャワーを被った。浴室が濃い湯気で溢れて、視界がぼやけた。涙のせいではない。湯気が白かっただけだ。
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