第13話
きららの前にホットチョコレートのカップ、私の前にアールグレイのティーポットが置かれ、紅茶をティーカップに注いだところで、きららが口を開いた。
「ひめお姉ちゃん、私、」
きららはぽつりぽつりを言葉を紡いだ。淡々と、まるで小学生の音読のように。ひとつひとつの言葉が私の心を締め付けていった。
高校に入って、中学生時代の友達とも上手くいかなくなって、クラスの権力者とけんかになって、唯一うまくいっていた部活もケガで参加できなくなって、食欲もなくなって、心も体も重くなってきて、学校にも行けなくなって、親に話しても上手く伝えられなくて。
言い終わったところで、きららはお冷を大きく飲み下し、視線を落とした。私は途中から頬がびしょびしょになっていた。自分の涙を拭う前に、きららの横に座りなおして、肩を引き寄せた。
耳元にきららの顔が近付いたとき、こんな状況なのに、泣くのを堪えようとしていることに息遣いで気づいた。
「きらら、大丈夫だよ」
私の方が声を上げて泣き出してしまいそうだった。
きららは強いよ。私はお姉ちゃんがいた。でも、今のきららには誰もいない。なのに、きららは私たちの前では明るく笑顔を振りまいていた。つらいのに、つらいのに。いや、もしかしたら私たちの前でしか笑顔になれなかったのかもしれない。それなのに、そうだとしたら、なんで私は気づいてあげられなかったのだろう。
「私も大学行けてないんだ。きららの気持ちわかるよ」と言おうと口を開けきかけたときだった。
「まいお姉ちゃんが最終目標。でも、ひめお姉ちゃんは憧れ。ひめお姉ちゃんみたいになりたいんだ、私」
きららの眼から初めて涙が落ちて、ホットチョコレートのとけ切ったマシュマロの上に落ちた。左手を背中に持っていって、トントンしてやる。
「ありがとう。ありがとう、きらら」
私は憧れられるお姉さんじゃないよ。きららの方がずっと強いよ。
ありがとう。ありがとう、きらら。
きららに飲ませようとティーカップに指をかけたが、震えて力が入らなかった。カップが皿の上で音を立ててズレただけだった。
私はきららのお姉さんとして、きららの憧れでいたかった。そうじゃない自分は嫌だ。嘘をつかないと憧れのお姉さんでいられない自分がすごく嫌だ。
いつぶりだろう。私のこの病気が、この症状が、この体が、この心がこんなに恨めしく感じたのは。
窓の外はすっかり夜になっていた。こちらの間接照明よりずっと暗い。外の方がずっと暗いはずだ。遠くに雷の光が見えた。
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