第12話

 心の病気を隠す明るくふるまいたいという彼女の気持ちがすごくわかる。知られたら全部壊れてしまう。自分の心が壊れてしまいそうなのに、他人との関係を壊したくない、もっと言えば、他人との関係が大丈夫なら自分はまだ大丈夫だって思いたい。自分が壊れてしまって、いなくなってしまっても、誰かに心配かけたくない。悲しくなってほしくない。たぶん、今のきららも同じ気持ちなのだろう。私はそうだし、今もきっとそうだ。

 お姉ちゃんなら、それでも大丈夫って言えたと思う。でも、私にそれが許されるだろうか。

 私はまだ気持ちの治し方がわからない。きららに私は病気のことを、本当の姿を見せずにきららの姉をしている。そんな、私に許されるだろうか。

 世界は赤みを帯びてきて、暗さを増した病院の影が、きららの肩に手をかけた。

 きららは頭を横に振って、バッグから違う色の薬を取り出した。私もその錠剤には見覚えがあった。「どうしようもなくつらくなったら飲んでください」と言われて渡される使用制限付きの薬にきららが親指を当てる。

「ちょっと」

 無意識に出た声にきららが振り向く。目を見開くってこういうことなんだろうな。きららの真ん丸のきれいな目がこちらを見つめる。私も見返し、見つめ合ったまま何も言えなかった。

 野良猫が2匹遠くで鳴き、車のブレーキ音がこだまする。

「きらら、こんなところでどうしたの? アイス買ったんだけど食べる?」

 きららの視線から逃げるように、エコバックを開ける。アイスをつかむと、すっかり柔らかくなっていた。

「やわらかくなっちゃったから、早く食べよ」

 他の買い物にひっかかり、アイスが取り出せない。

 あれ? どうして?

 あせればあせるほど涙で視界がかすむ。きららにアイスを渡さなきゃなのに。なんで。なんでアイスを渡すことすら上手くできないの。

 視線をきららに戻すと、彼女は両手で顔を覆っていた。耳までまっ赤にして、腕を伝って涙が肘まで流れる。汗で前髪がくしゃっとなる。

 近くの林からカラスが飛び立つ。さっきの猫たちだろうか。2匹分の猫の鳴き声が響いた。

 そういうことか。

「大丈夫だよ」

 きららの隣にすわり、きららの額を胸に当て、両手で大切な大切な妹を抱きしめる。

 大丈夫、大丈夫だよともう一度、私のできる一番やさしい声で伝えた。

「ひめお姉ちゃんには聞いてほしい」

 きららの幼い声で聞こえた。

「そう。いくらでも聞くよ。でも、今はちょっとだけ休も」

 きららが「うん」と頷く。

「そしたら、おいしいもの食べよ」

 もう一度「うん」と頷く。きららの背中をなでながら、ハッピーアワーを迎えた空が残酷に私たちを包む。見上げる。私の涙も頬を流れた。きららには私が泣いているがバレていないだろうか。空には1つの星も見つけることができなかった。

 視線をおろす。震えるきららの背中が幼く、そして、はかなく、大切に思えた。

 大切に思えた。


いつものカフェに行くと、いつもの店員さんが出迎えてくれて、でも、きららの様子を感じ、いつもとは違う奥の席を案内してくれた。パーティー用なのだろう、10人くらいのスペースがカーテンで仕切られている。間接照明に夕日の藍色が混ざる。逆光なので、きららの表情はわからない。

「ひめお姉ちゃん、」

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