第10話

 翌日、お風呂から上がってソファーでうとうとしているとき、私のスマホが鳴った。きららからだった。

「きらら、どうしたの」

『まいお姉ちゃんは』

「お風呂。今入ったところだから、まだかかるよ。呼ぶ?」

 きららは電話越しに大きく息を吐くと、「じゃあ、ひめお姉ちゃんでいいや」って子どもっぽい声を出した。きららはお姉ちゃん子だ。私ではなく、まい姉ちゃんのっていう意味の。

「いいよ、私も暇だったし。イヤホンにするからちょっと部屋行くね」

 一番下の引き出しのにある子犬柄のポーチから、うす水色のヘッドセットを取り出す。去年の誕生日にきららからもらったお気に入りのそれを首にかけて「おまたせ」って呼ぶと、きららは待ってましたって言った。話題は、最近のテレビの話から、アイドルの話から、食べ物の話も。私たちの会話のポピュラーテーマをつらつらと。私が今日の夕飯の話をすると、「いいなあ、食べたかったなあ」ときららが強めに言ったので、「いいよ、まだ材料あるからおいでよ」っていうと、「うん、行く」ってひと際大きく笑った。

 途中で腰が痛くなったので、子犬のクッションを腰の下に敷いたり、引き出しに隠しておいたお菓子を食べたりして、ずっと話した。きららはいつもよりよくしゃべり、よく笑った。学校でいいことあったのかな。1時間くらい話したところで、リビングで冷蔵庫を開ける音が聞こえた。

「お姉ちゃん、上がったみたい。替わるね」

『いいよ。もう疲れたから明日にする。ひめお姉ちゃん、おやすみ』

「そう? じゃあ、おやすみ。明日ね」

 電話を切ってベッドにうつぶせになると、急に眠気がおそってきた。お姉ちゃんにきららの電話の話しをしようと思ったが、やっぱり明日でいいやってなった。スマホの充電とダウンライトを切るのを忘れなかったことは私としてはよくやったと思う。


 その2日後も同じくらいの時間にきららから電話がかかってきた。

 私は一昨日と同じようにソファーでうとうとしていた。

「やっほー、きらら」

『やっほー。ひめお姉ちゃん、まいお姉ちゃんは近くにいる?』

「残業でまだ遅くなるみたい。昨日だったらこのくらいの時間にはいたのに」

 『そうなんだ』ときららは笑ったように聞こえた。

「どうする? また話す? お姉ちゃんいないから今日はリモートにする?」

『あ、うん』と返事をしたので、部屋からヘッドセットを持ってきて内カメに切り替える。ほぼ同時にきららもビデオ通話に切り替えた。私とお揃いで色違いのヘッドセットをしていておかしかった。

「きららも同じの使ってるんだ」

『うん。ひめお姉ちゃんの買ったときに一緒に買ったんだ。2個だと安かったし』

きららが笑うたびにパステルグリーンのヘッドセットが揺れた。「蛍光灯が切れてる」とかで、きららの部屋はいつもより少し暗かったが、それを打ち消して余りあるほどに、きららの明るい笑い声が響いた。

 その日も1時間くらい話して電話を切った。きららとの電話が終わって、30分後くらいしてお姉ちゃんが帰ってきた。今度は忘れずにきららから電話があったことを伝えた。お姉ちゃんは「えー。私も話したかった。どんな話したの?」って聞いてきたので、少し内容を話すと、「いいなあ、私も電話しようかな」とスマホに手を伸ばしたので、「疲れたって言ってたから明日にしたら」って言った。

 お姉ちゃんは画面をスクロールさせた後、「そうね」ってスマホを置いた。お姉ちゃんが疲れたようにため息をついた。「ご飯温めるね」と立ち上がると、お姉ちゃんは先にお風呂入りたいから寝ていいよと言った。

 私が部屋に入ってすぐに、お姉ちゃんの部屋から電話をする声がうっすらと聞こえた。声の感じから会社からの電話だろうか。会社員は大変だなと思った。大学にも満足に行けないのに、私は社会人になれるのだろうか。

 暗い気持ちになったので、きららが好きなかわいいラブソングをスマホで流して、ベッドに仰向けに倒れた。Cメロの好きなフレーズを聞く前に、意識は朝に飛んで行った。電気はお姉ちゃんが消してくれたのだろう。

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