第9話
『お父さんたち帰ったよ。お昼どうする?』ってお姉ちゃんからメールが入ったのは、そろそろお昼ご飯を頼もうか迷って、メニュー表を頼んだときだった。
土曜日ということもあり、店内は8割がた埋まってきて、カウンター席にいるとはいえ、肩身が狭くなってきていた。
お姉ちゃんに返信を打ち始めた時、きららから電話がくる。コール前にタップし通話に変わる。きららの声がおどろいて震える。
『ひめ、お姉ちゃん?』
「どうしたの? ライブ終わったの?」
『うん。今終わった』
11時からって言っていたから、約1時間。よくわからないけど、アイドルのライブってこれくらいのタイムテーブルなのだろう。
「そう。今、駅のとこのカフェにいるけど、一緒に食べる?」
『うん。ひめお姉ちゃん、今、ひとり?』
「そう。お姉ちゃんはアパートにいるから、呼ぶね」
きららが息を飲むのがはっきりと聞こえる。
『悪いから、いいよ。たまにはふたりで食べよ』
昨日の夕飯もふたりだったけど。
「あ、うん。じゃあ、メールで地図送るね。また」
『すぐ帰る』と書いたお姉ちゃんへのメールを『食べて帰る』に書き換えると、きららを待った。でも、きららは「ふたりで」と言ったものの、食事中も疲れた様子で、会話もどこか上の空だった。それで、駅で別れるとき、他人行儀に「ありがとう」とだけ言った。
「ただいま」
アパートに帰ると、レースのカーテンだけ引かれた窓から濃淡のはっきりした光がさしている。お姉ちゃんはソファーから滑り落ちるように寝そべっていた。顔に窓枠の影が重なっていて、表情はわからない。
もう一度「ただいま」と言うと、お姉ちゃんが顔だけこちらを向ける。
「起きてる?」
「今起きた」
お姉ちゃんは上半身を起こし、両腕を上に伸ばす。時計を確認して、15時を回っていることに気づく。
「思ったより寝てた。遅かったじゃん。何か食べる?」
「食べて帰るって言ったじゃん。ちょうどライブ終わったみたいだったから、きららといつものお店で食べてきた」
「そうなんだ。私はお昼食べそびれたから、簡単にたべる」
お姉ちゃんは台所に立つと、エプロンもしめずに水をためたアルミの手鍋を火にかける。
「ひめ」
洗面所から戻ってきたときに、お姉ちゃんに呼び止められる。
「きららと一緒だったんだっけ。元気そうだった?」
「うん。朝会ったじゃん」
「お父さんたち来たこと、言った?」
「言ってないよ。なんで?」
お姉ちゃんはそれに答えず、コンロの火を消すと、「ちょっと寝る」とだけ言い残して部屋に戻ってしまった。
私はお姉ちゃんから借りたパーカーをお姉ちゃんの椅子にかけると、その椅子をテーブルに戻した。
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