第8話

 翌日、きららは誰よりも早く起きて身支度を始めたらしい。というのを、朝ご飯ができたのを呼びに来たお姉ちゃんから聞かされ、リビングのテーブルまわりを片付けるよう言い渡され、ソファーにコロコロをかけているところで、出かける準備を済ませたきららがお姉ちゃんの部屋から出てきた。真っ白な半袖のパーカーに、黒の7部丈のパンツ、パステルピンクの大きいスポーツウォッチが活発でかわいいきららに合っている。

「おはよう」

「あ、おはよう」と私が力なく返すと、きららはにこっと笑った。ライブで張り切っているのか、メイクは濃いめだった。

「朝ごはん食べる時間、ある?」

 きららは、テーブルの上を見渡して、左手でおなかをとんとんしてから、「いいや。昨日遅かったから、おなかすいてない」と答えた。右手で「ごめん」をつくってまた笑った。

 お姉ちゃんは小首を傾げてから、「私、買い物あるから駅まで一緒に行こ」とエプロンを外して畳んだ。

「ひめお姉ちゃんと行く」

 きららの言葉に、お姉ちゃんの動きが止まる。

「そう。ひめ、ご指名だよ」

「え。私、部屋着」

「私のパーカー羽織っていいから、駅まで送ってあげて」

 結局、下だけスキニーに履き替えて、お姉ちゃんのパーカーを羽織って家を出た。それまで、きららは玄関先で待っていた。


 私が良いって言ったのに、駅に向かう道すがら、きららは一言も口を聞かなかった。それどころか、私などいないかのように速足でどんどん進んでいった。パン屋の前で焼きあがったパンを眺めたときに置いて行かれ、コンビニののぼりに気を取られているときにも置いて行かれそうになった。

「きらら、ちょっと待って」と声をかけようとしたが、その横顔があまりにも真剣だったので、ためらってしまう。

「ひめお姉ちゃん、ありがとう」

「じゃあ、またね。また、いつでもおいで」

 改札前で別れるとき、ようやくきららはこっちを向いた。笑顔で手を振った。私も振り返した。きららは小走りで階段の下に消えていった。

「推しのライブってそんなに真剣になるものかね」

 コンソールを抜けたところで、太陽に向かって言ってみる。太陽はもちろん答えない。私もそんなに真剣になれるものがあったらよかったのかな。太陽はまた答えず、私を強く照らした。

 その時、お姉ちゃんから着信が入る。

「お姉ちゃん、どうしたの」

『ひめ、いまどこ?』

「駅出たところ。何か買って帰る?」

 10秒くらい待ってから、信号が変わって、青になったところで横断歩道を渡る。コンビニの看板が見える。

『よくわからないんだけど、お父さんとお母さんがこれから来るって。ひめは大学行っていることにしたから、しばらく時間つぶしてきて』

「ありがとう。駅の反対口の、いつものカフェにいる」

『OK。お父さんたちが帰ったらメールする』

 スマホをポケットにしまい、踵を返す。お父さんたちは電車で来るだろうか。車で来るのだろうか。

 駅ではちあわないように、駅ビル内を経由して、反対口へ向かった。

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