第7話
2年前期の登校を完全に諦めはじめた6月の2周目のころだった。妹が泊まりに来た。高校に入ってバイトも遠出も自由になり、以前から活発的だった妹はその機動力を活かして、あるアイドルの追っかけに興じていた。それがロックバンドやビジュアル系バンドなら親も心配したのだろうが、それがかわいい女性アイドルグループだったこともあり、門限とお金の管理だけしてちゃんとしていれば自由に出かけているようだった。
そのアイドルの初めての県外遠征ということで、妹は前入りするため泊まりに来ていた。明日は10時にここを出て、ライブに向うと言う。
お姉ちゃんは会社の研修会で帰りは22時ころになるらしい。
私と妹は駅ナカでパスタを食べてアパートの帰路を進んでいた。ロータリーの温度計はまだ27℃を表示している。
もともとかわいかった妹は、高校生になって化粧を覚えて、さらにかわいくなっていた。「ひめお姉ちゃん」「ひめお姉ちゃん」と無邪気に私の名前を呼ぶ妹の笑顔をみるたびに、声をきくたび後ろめたさに胸が締まった。私の体調のことは言っていない。
アパートに着くなり有無を言わせず妹をお風呂に追いやり、自室に戻った。妹が部屋を見たいといったときのために、整理と掃除は昨日済ませたが、1年近く大学に行っていないので、女子大生の机の上がわからなくなっていた。1年生後期の教科書は開いてもいないし、2年生の科目に至っては教科書を買っていない。
真新しい教科書に折り目をつけて、英和辞典と六法の置く位置を入れ替えているときに玄関を開く音が聞こえた。「ただいま」とお姉ちゃんの疲れた声が届く。
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、きららは?」
お姉ちゃんはぷっくり膨らんだエコバックを2つテーブルに置く。ごとりと音がする。
「お風呂。そろそろ出るんじゃないかな。何買ってきたの?」
「仕事早く終わったから、スーパー寄ってきた。夕飯食べた?」
エコバックには半額のパック寿司と半額のファミリーサラダと餃子が入っている。どれもおいしそうだ。
「食べたけど、まだ食べれる。きららも食べれると思う」
「それよりお姉ちゃん」と声をひそめる。
「私が大学行っていないって、きららに内緒だからね」
お姉ちゃんはヘアゴムを解きながら、「わかってるわかってる」と言った。
「でも、いつかきららには言ってよ」
「はーい」と返事したところに、頭の上にバスタオルをかけたままのきららが出てきた。私が貸したスカイブルーのTシャツがぴったりのサイズだったことに驚く。もう少しで私の身長も抜かれちゃうな。
「きらら、お姉ちゃんがお寿司買ってきてくれたけど、まだ食べれる?」
「食べる食べる」
きららはお誕生日席に置いたスツールに腰かけた。
その日は、日付を超えるまで、起きていた。お姉ちゃんが笑い、きららが笑い、私が笑った。まるで、私が普通であった頃のように。
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