第2話

 私は大学に行っていない。行くことができない。

 いつからこうだったのだろう。

 家から出て、電車に乗って、学校に着いて、学校に居て、また家へ帰る。

 いつの間にかそれができなくなってしまったのは。


 正確に言えば、学校に行けなくなってしまった日はスケジュール帳を見ればわかる。

 そういうことじゃない。

 そうなる前から、実は私はそういう人間だったのかもしれない。

「ただいま」

「おかえり」

 台所からお姉ちゃんの声が返ってくる。

「あんた、傘持ってってなかったの? 連絡くれれば迎えに行ったのに」

「駅出た時はそんなにだったから、行けるかなーて思って」

 病院の近くにあるアイスやの袋をテーブルの隅に置いた。雨を見越して、紙の箱をビニール袋に入れてあった。

「お姉ちゃんの好きなアイスも買ってきた」

「さんきゅー」

 お姉ちゃんはいくつかの食材を並べ、冷蔵庫を閉めた。こっちまで冷気が届いてきてこそばまい。

「ほら、アイスは後」

 注意が飛ぶ。そんなに食べたそうにしてたかな、別に今食べる気なかったのにとは言わずに姉の隣に並んだ。もともとお姉ちゃん子だったが、最近はより悪化しつつある気がする。


 私は学校に行っていない。肩書き的には女子大生なのだが、現在は登校していない。もう少しで1年になる。

 特にいじめられたとか、そういうのではない。

 きっかけがありそうでない。とかではなく、本当に思いつかない。

 はじめに変だなって思ったのは、入学して2カ月ほど経った6月上旬、人生で初めて電車に酔った。子どもの頃から車酔いすらほとんどなかったのに、急に吐きそうになって電車を降りた。その時は、自販機で甘い紅茶を飲んで、30分後の電車に乗って、2限目には間に合った。

 次の週にも同じことがあって。

 高校の頃より朝が早くなっていたから疲れてるのかなと思って、途中で酔いそうになってもいいように1本電車を早めた。

 7月に入ったあたりで、朝家から出られなくなった。

 大学が嫌とかではなく、ただ向いたくなかった。

 けど、お姉ちゃんを困らせたくなくて、頑張って家を出た。

 大学の前のカフェで時間をつぶして帰ろうと思った。

 いざ大学に着いたら、問題なく授業を受けることができた。

 でも、それも長くは続かなかった。

 大学まで、大学の前まで、大学の近くの駅まで、乗り換え駅まで、最寄駅まで。

 私の目標はどんどん近くなっていったが、前期テスト最終日に、ついに家から出ることができなくなってしまった。

 その日は、1限だけ。この日が終われば、1ヵ月の夏休み。夏休みでたっぷり休めば、また9月からふつうに大学に通えるに違いない。そう思っていた。

「いってきます」とスニーカーに手をかけた瞬間、突然腰が落ち、立ち上がれなくなってしまった。

今日だけ家を出れれば、お姉ちゃんにばれずに済むのに。

その一心だった。

お姉ちゃんが結んでくれたポニーテールのリボンが垂れる。

今日だけ家を出れれば、お姉ちゃんにばれずに済むのに。

その一心だった。

どれだけがんばっても、現実は残酷だった。

その日のことは正直よくおぼえていない。お姉ちゃんに後から聞いたところだと、私は声を上げて泣き出し、ずっと泣いていたのでいいかげん脱水症状になってしまうのを心配するほどだった様。

お姉ちゃんは新入社員だったこともあり、無断欠勤で上司にだいぶ怒られたらしい。

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