第8話 夜闇の中で

 宴も終わり、夜の闇に沈む村は静寂に包まれている。

 その沈黙する夜の闇に波紋が広がるように、魔の気配が広がり散っていく。


「随分なお誘いじゃないか」


 夜の闇よりなお暗い気配が集って人の形を成し、どこまでも耳に心地よい甘美な声が静寂を破る。

 闇を照らす文明の灯火は無く。夜天から降り注ぐ月と星の静かな光に照らされて、美貌の吸血姫が牙を剥く挑発的な笑みとともに歩み寄ってくる。

 殺気とは殺意の気配。それを差し向けられて、シェリルとともに夢の淵に沈んでいたはずのセラフィールドがバルトロメイの眼前にいた。

 目の前にて行われたのが、魔法系のスキルなのか。吸血鬼としての種族スキルなのか。バルトロメイにはさっぱりわからないが、彼女の身を包む黒ゴス系のドレスが高位の装備だという事は分かる。

 シェリルといちゃついて、気も緩んでいたようにも見えたが。殺気を向けられると戦闘状態で即応するあたりは、それも表面的な物でしかなかったか。


「いや、さすがにPK組のトップ枠。威圧感が凄いな」


 戦闘を意識した装備に身を包んでいるセラフィールドに対して、防具のひとつも身に着けていないラフな格好のバルトロメイは闘争の意志は無いとばかりに、両手をあげて。どこまでも軽く、言葉を紡ぐ。

 その飄々とした態度に毒気を抜かれたか、ふんと鼻を鳴らしてセラフィールドも威圧の気配を消して、じろりと目線を向ける。


「それで、何の用だ?」

「シェリルの様子はどうだ?」


 セラフィールドの問いかけに対して、即座に返された質問。

 質問を口にした当人の真面目な表情と態度に、思う所があったのか。虚空に腰掛け、バルトロメイと目線の高さを合わせながらセラフィールドは小さく息をついた。


「少なくとも、表面的には落ち着いている。男性に対しても、怯えを見せる気配も無い。賊に襲われたのがトラウマになっているとかは無いが……

 妙に、わたしに心開き過ぎではないか。なぜか、流れでこのまま三人一緒に行動する展開になっているし。

 これでも、わたしはPK組だぞ。抱き枕にされるし。着せ替え人形にされるし。こう、もう少し警戒心とか危機感とかをだな」


 やれやれと首を振りながら愚痴ってはいるが、彼女が本気で嫌がっているのであれば種族格差。あるいは、ステータスの暴力。単純性能の差でどうとでもなるのを知っている身とすれば、そこに彼女の甘さや優しさを見出せる。

 シェリルもその事に意識してかどうかは、ともかく。気づいているから、ある意味で甘えているのだろうとバルトロメイは苦笑した。

 攻略組のトップのひとりとして、背負い込む物が多くなって精神的な余裕を失っていった末期の様子。隙を見せて、甘える事ができるような相手は何人いた事か。


「そりゃ、最終決戦に来てくれたからな。来なくてもいい命を懸けた戦場で、共に死線を潜り抜けた……いや、潜り損ねた仲だ。

 自分はリスクを犯さず、自分以外の誰かがクリアしてくれるのを待つ。それも戦略としては有り、だ。

 その選択肢を取らずに、命を賭して助けに来てくれた相手と思えばな」


 揶揄するように、口元に笑みを浮かべて肩をすくめる。

 その仕草に、セラフィールドは不愉快そうに口元を歪めて眉を寄せるが。反論の言葉も見つからなかったか、内心の苛立ちを吐き出すように深く息をつき話題を逸らす。


「いつもの保護者ぶりの割りには、わたしに任せて微妙に距離を置いていたような気はしていたが。賊に性的に襲われたのを気にしていたのか。

 お前らの関係も不思議だな。

 仲の良い男女の割りには、恋人のような甘さはない。どちらかと言うと、父と娘か兄と妹か。そんな関係を思わせる」

「男女の仲は、恋愛関係だけでは無いさ。男女の間でも友情は成立するものだ、というのはさておき。

 彼女は、俺がゲームに誘ったからな。俺が誘わなければ、とどうしても考えてしまってな」

「あぁ……なるほど、責任感の強い事で」


 それならば、と。セラフィールドが地に降り立ち。バルトロメイへと、挑発的な笑みを向ける。


「この世界で彼女を守れるか。少しは、戦闘性能を確かめようではないか。寝てる者を起こすような騒ぎを起こす気は無い。

 一発だ。一発、殴るから防げ」


 スキルも何もない、ただの肉体性能任せの一撃だと宣言して右の拳を脇に構えて一撃を装填するセラフィールド。

 それに対して、インベントリから盾を取り出して迎え撃つ構えに入るバルトロメイ。

 セラフィールドに殺意は無い。戯れに拳打を射出する構えと気配。対して、迎え撃つバルトロメイには緊張の糸が張りつめる。

 吸血姫セラフィールド。ハイエンドコンテンツのレイドボスと同格の域にまで成長した怪物の戯れの一撃は、本気ではないとはいえ脅威。防御系のスキルを重ね掛けして、重心を落として衝撃に備える。

 バルトロメイの備えが終わったと見た瞬間。セラフィールドの姿がブレて消える。

 常人には視認が追いつかない速度域のアクション。地を踏み砕いて間合いを詰めて、構えられた盾へと撃ち出された拳は、重く響く音とともにバルトロメイを後ずらせる。

 踏みしめた足が残した二本の轍のような跡。


「賊での体感だと、今の一撃は人体に破壊するに十分だった。それを姿勢も崩さずに無傷で防げるのだから、この世界では並の相手なら問題にならんだろう」

「できれば、もう少し本格的に慣らしをしたいところなんだがな」


 以前との違いの把握。戦闘の勘の磨き直し。スキルの使い勝手の理解。

 やれやれといった態度で盾を収納しながら、いかにも戦士な台詞を吐くバルトロメイへと向けるセラフィールドの視線の温度は低い。


「わたしは、寝なおす。言っておくが、護衛ならいらないからお前も寝てろ」


 そんな台詞を吐いて、背中を向けて。別れの挨拶代わりにひらりと片手を振ったセラフィールドは、そのままその姿の輪郭を夜の闇に霧散させて、気配の残滓も残さずに文字通りに姿を消す。

 最後に残した台詞に自覚しているのか、いないのか。シェリルの護りをする気十分じゃないかと苦笑を浮かべて、バルトロメイもまた自分に用意された寝床へと向かう事にした。

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アフターゲーム・アフターライフ @kyaki

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