第7話 村にて2

 少子高齢化の進行をはじめとして、様々な要因にてずるずると国力を凋落させ続けていた日本。

 だが、なんのかんの言ってもやはり世界の政治や経済において影響力を振るう事の出来るグレートゲームのプレイヤーであり、世界的に見ればそれなり以上に豊かな生活を送ることができていた。

 肉が出ればご馳走、などという貧困の時代を通り過ぎて久しい。宗教的タブーの影響も少なく、食に関しては古今東西のあらゆるものが食おうと思えば食え。政治的なトラブルよりも食に係るトラブルに切れる美食の国。そんな評価もあながち間違いでは無く。そんな国の住民として育った舌には、村の宴で出された食事は味も薄く、量も乏しく感じられた。

 それでも、村人たちの顔を見ればこの食事も贅沢の域なのだと感じられる笑顔。村人たちの間に漂う雰囲気もまた、気鬱の原因たる賊が壊滅したこともあって明るく。その雰囲気を壊さぬようにと、笑顔を保ってシェリル達は供応を受けた。

 温かい食事。安心できる寝床。

 かつて生きた世界の基準からすればみすぼらしく感じられる室内で、セラフィールドとシェリルは二人一緒にベッドに潜り込んでいた。

 抱き枕を抱きしめるように、セラフィールドを抱きしめてその頭を胸元に抱え込むシェリルに対して、その豊かな胸元に顔を埋められて息苦しいと身を捩り、セラフィールドがシェリルの腕の中から抜け出す一幕を経て、ふたりで静かに夜の闇のなか穏やかな沈黙に身を任せる。


「……ゲームの時の安宿を思い出すわね」


 沈黙を破るのは、ぽつりとしたシェリルの呟き。

 囁く様に小さく紡がれたその呟き声に、ゲーム開始初期にお世話になった宿屋を思い出す。安さを追求するなら、無料で泊まれる馬小屋が合ったが、臭いし落ち着かないと評判は悪かったなと、連鎖する追憶。

 あの、ゲームを始めたばかりの頃は未来を信じていたなと懐かしむ。この見知らぬ世界を冒険するのだと。このゲームを楽しむのだと、平和な日常が当たり前に続いていくのだと。

 それも、デスゲームと化した事で悪夢となる。

 そう、ゲームとは遊戯。楽しむための娯楽。命を懸けた冒険をしたかったわけではない。そういう物語を好みはしても、当事者たりたかったわけではない。

 これぞ望んでいた事と盛り上がった連中もいたが、シェリルにせよセラフィールドにせよ。死の可能性を提示されては、怯みはしたし。これを機に積極的に誰かを害そうなどとも思ってもいなかった。

 瞳を閉じて、過去を追憶する。

 女のアバターなのだから、女として扱われ。女として襲われた日を。

 殺し、殺されの関係性が解放されたのと同様に。ゲームとしての制限。あるいは、保護は失われていた。初めて体験する貞操を奪われるという女性的恐怖。理性は麻痺して、原初の生存本能が行動を支配した時を。



 初めて人を殺した時を。



 ゲームの時の安宿は、安宿らしくセキュリティなどなく。システムの恩恵が喪われていたことに気づいて、悪用を企んだ者に襲われた記憶。

 恐怖に囚われた衝動的な攻撃は、躊躇とは無縁な過剰攻撃。相手が死んでようやく恐怖から醒め。復旧した理性が状況を把握した時には、己はPKへと成り果てていた。

 何が起こったのかよくわからないと、どこか間抜けな表情を浮かべながら獲物にした相手からの逆襲でHPを削り殺されて死に。復活されてまた襲ってきたら怖いからと、蘇生可能時間が過ぎるまで警戒し。確実に死んだと安堵してから、己が人を殺したのだとの自覚した。

 そして、逃げたのだ。

 その逃避の果てに、人間を辞めて怪物に成り果てて異世界にいる。

 自分を抱きしめるシェリルは。聖女の称号を得る程に、人を救う行動をしてきた彼女はきっと逃げなかったのだ。

 ゲーム時代の幾度かの邂逅の時に、自分には向いていないと言いながらも見捨てられないからと。気持ちが良くないからと、低レベルプレイヤーへの援助に勤しみ。PK対策に励み。ゲームの攻略に邁進していた彼女。

 人の輪の中に在り。光の世界の住人だと、悪意の連鎖の中から眺めていた過去。リアルへと生きて帰るのは、彼女のような者がよいなと思っていた。だからこそ、使い捨ての駒として消費される可能性も視野に入れていながら、最後の戦いにおいて彼女の誘いに乗った。

 人を殺した己は別に死んでもよかったのだ。人を生かすために頑張った彼女が報われるのなら、それでよかったのだ。結局は、こうして死後の世界で再開する破目になったのは残念だが。

 追憶からの感傷。

 沈みそうになる気分を、目の前のたわわな胸元に顔を埋める事で紛らわせる。


「……セラちゃん?」


 巨乳というか、爆乳カテゴリに入っているたわわな果実。偉大なるおっぱい。

 聞こえる心音が。胸の鼓動が、彼女が生きてここに居るとその豊かな胸の奥底から響いて告げてくる。


「死んだと思ったのにな。まるで、まだ生きているようだ」

「ここって、やっぱり死後の世界なのかしらね」

「死の定義にもよるかもしれないし。あるいは、アリスは死後の世界にも侵攻していたのかも」


 人の造りし機械仕掛けの神は、人の死後をも支配したまうのか。

 ゲーム世界のように、この世界もアリスの支配の下にあるのか。

 今のところ、手元にある情報ではアリスの存在を示唆する物は無い。それは、巧妙に隠れているのか。本当にいないのか。アリスの不在を証明しろというのは、悪魔の証明じみて無理難題に思えるが。なんにせよ、判断を下すには情報不足だと思える。


「とりあえずは、世界を見て回ろうか。きっと、他のプレイヤーも来ている」

「そうね。死んだと思った誰かと、また会えるかも」


 少し明るくなる声を耳にしながら目を瞑る。

 会いたい誰かがいるのだろうか。自分にはそんな者がいただろうか。意識を次第に微睡の淵へと落とし込みながら、ぼんやりと紡いだ思考は霧散して消える。

 夜の闇のなか、ふたりの寝息が静かに寝室に満ちた。

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