第6話 村にて

「おぉ……。感謝します」

 小屋にいた盗賊どもを全て捕縛し、地下室に囚われていた『商品』を解放して村へと帰れば、結果を待ちわびていた村人たちの歓喜の声が爆発した。

 永遠とわの別れと思っていた家族との再会に咽び泣く声があるかと思えば、囚われの身からの解放を喜ぶ笑顔がある。

 その喜びの大きさと表裏をなすのが恨みの深さ。縄で縛られ、無力化された状態で連れてこられた盗賊達は怒れる村人たちによる暴行を受けていた。叩きつけられる拳。投げつけられる石。肉が潰れ、骨が折れ砕ける音に混じる悲鳴に命乞い。それらを塗りつぶす罵倒の声。

 それらの光景を目にして、繋いだ手にきゅっとこもる力にセラフィールドはちらりと横目にシェリルの顔を見上げる。口元を引き締めた厳しい表情は、凄惨な暴行に思うところがあると丸わかりだ。

 だが、ここは異郷の地。

 郷に入りては、郷に従え。古い格言にあるがごとく、異郷で現地の社会習慣を無視した行動は不協和音を奏でる不和の種。

 なまじ、自分たちの正義を押しつける力があるだけに自重できるかと不安があったが杞憂だったようだ。

「ところで、そちらの方は?」

 見た目だけなら好々爺と言った風情の老人が、こちらへとちらちらと目を向けながらシェリルに訊ねる。

「わたしたちの仲間です」

「すると、彼女も……その貴族様で?」

「そうなります、ね」

 村に帰るまでの道すがらに説明された話では、貴族の娘とその護衛という風に村人達に説明し認識されているといった話だったが、自分もまた貴族の娘として振るわなければならないのか? 貴族としての礼儀作法だの何だのを求められても困るのだが。いや、こんな田舎の村では披露を求められる事もないだろうし、十分なのだろうが。

 こちらの様子を窺う視線に煩わしさを感じながら、あえて無視をしていると諦めたのかそのままシェリルと会話を続ける。

「それでは、せっかくですので祝いの席でも」

「それは……蓄えとか、厳しいと言ってませんでしたか?」

「盗賊達に取られた分を取り返せますので、一息つけます。せっかくのめでたくも、村の者が帰ってこれたのですから。祝いのひとつでもしませんと……」

「そうですか。それでは、こちらも少し話をしたりしたいので」

「はい、とりあえずは準備が済みましたらお呼びいたします。それまでは、ごゆっくり」



 この寂れた村には宿屋などというものはなく、シェリル達が宿を取っていたのは村で一番大きな家である村長の家だった。

 窓から差し込む光のみが唯一の照明である室内は、人工の光に溢れた現代の屋内と比べると薄暗く感じるし、室内にしても風情があるというのを通り越した古臭さを感じるところに、この世界に文明レベルが窺える。

「それで、顔を合わせて何を話そうか?」

 セラフィールドの言葉に、シェリルとバルトロメイは顔を合わせて頷く。

「最後の戦いがどうなったのか、詳しく」

「みんなは、帰れたの?」

 ふたりの言葉に、俯くように顔を伏せて瞑目して記憶を振り返る。

「さきの盗賊のアジトでも言ったが攻略はできたはずだ。ゲームクリアのアナウンスも流れてたしな。まあ、わたしはここにこうしているように、相討ちで死んだが」

 入念な準備をして、回復アイテムだけでなく身代わりや自動復活などの稀少なアイテムなども掻き集めて挑んだケルベロス・ゲートでの最終決戦。乞われて参戦し、全力を尽くして挑んだ犬頭人身の巨躯の怪物。

 拘束系のスキルの重ね打ちで動きを封じて、自分ごと攻性結界に封じて殺した最後の相手。ゲームクリアのアナウンスと同時に沸き立つプレイヤー達。そして、HPの全損とともに暗転する視界。褪せるにはまだ早い、鮮烈な死闘の記憶の追憶。

「戦闘の経過は、知ってるはずだ。シェリルが落ちて、支援と回復が減ったこと以上に皆の精神的動揺は大きかったが。立て直しはできた。それまでに落ちたのは、バルトロメイとディーノだが……」

 疑問を孕んだまなざしを向けられた二人は、無言で首を振る。

「死んだらここへ来るのが原則なら来ているはずだが、会ってないのか」

 全員が来るわけではないのか、来ている場所が違うのか。ふたりの話を聞いた限りでは、前後関係は一致していても時間の流れ方は一致していないらしいし、それが空間的にも不安定なのだと考えない理由は無い。あるいは、出現位置は大差なかったが、あのダンジョンの中で転移系のトラップにでも引っかかってどこぞへと飛ばされたか。

 あるいは、この世界への転移への条件があって、それに引っかかっていないか。確信を持って結論を出すには判断材料が乏しいかと、小さく首を振り思考を打ち切り。

「わたしの記憶ある限りでは、シェリルにバルトロメイにディーノ。この三名が、回復も復活も間に合わずに死亡確定。わたしが死んだ後に、死んだ者がいるかは知りようがないが……」

 クリアがなされた以上、死んだ者もいるまいよ――と、肩をすくめ。

「そういうわけで、死ぬほど痛めつけられた結果。今のわたしは、かなり弱体化している。アイテムの消耗も酷いな」

「あ、それはわたしも。回復系のアイテムはだいぶ使ったから……」

「俺も、それは余裕は無いな」

 互いに目を合わせて、アイテムの消耗を嘆く言葉が零れ落ちるが、セラフィールドがそれを拾う。

「気にするな。素材さえあれば、ある程度の生産はできる」

 そういって、インベントリから引き出して見せたのは携帯錬成炉。生産系での必須アイテム。

「……自作できたのか」

「街中に気軽に買いに行けなかったからな。自給できるには越した事は無かった」

 バルトロメイの呆れたような呟きに、システム的にはモンスター扱い。プレイヤー間でも賞金首だぞわたしはと苦笑するセラフィールド。その笑みを、さっと消して真面目な表情をつくり。

「まあ、これらは今までの話だ。今からの話をするにあたって、言わねばならぬことがある」

 じっと見据える視線は、シェリルに向かう。

「この世界では、貴族とは魔法が使える者。そして、貴族の女。それも、若い女の価値は極めて高い。身の安全には気をつけろ」

「身の安全って……」

「今回はわたしが通りがかって助けれたが、うっかりしていると奴隷や娼婦にクラスチェンジする破目になるぞ。いや、これは脅しでも何でもなく。先の奴ら、そういうところに実際に若い女を売り飛ばしていたわけだしな」

 不安げに黙り込んだシェリルを眺めて、ひとつ息をつき。

「ま、能力的には我々は圧倒的優位に立っているから、力尽くでどうこうという展開はさほど心配いるまい。ただ、権力を敵に回すと面倒だからそこらへんは注意と」

「……うん」

 テンションも低く、気落ちした様子でうなだれ、小さな声で応えるシェリルにまだ心の傷が癒えてないところを刺激しすぎたかと、子供に語りかけるように優しく言葉をかける。

「ま、まあ……一緒にいるのならわたしが守ってやるから、大丈夫だ」

「うん……ありがとう。セラちゃん、よろしくね」

 顔をあげたシェリルが、にこりと笑顔を浮かべると手を取ると、よろしくと握手。

 横で「セラちゃん」とぷぷっと笑いを押し殺すバルトロメイをじろっと睨んでから、改めてシェリルへと顔を向けると、引きつってると自覚できる笑顔を向ける。

「いや、その……セラちゃんというのは……」

「だって、わたしの方がお姉さんっぽいし」

 セラフィールドの見た目は十代後半の清楚な黒髪美少女。シェリルの見た目は二十代前半の華やかな金髪美女。確かに、見た目だけで判断すのならばシェリルの方がお姉さん。

 いや、しかし。中の人的には――シェリルの中の人の年齢は知らないから中の人的にも年上の可能性もあるし、こっちの中の人事情にも突っ込んで欲しくないところもあるわけで。訂正を試みるべきか否か。ぐぬぬと真剣に悩む事数秒で、諦めとともに受け入れる事を決意して肩を落とした。

「それで、シェリル――」

「お姉ちゃん」

「え?」

「お姉ちゃんって、呼んでみて」

「お……お、お姉ちゃん?」

 妙に気迫のこもった目つきで、睨むように真剣に見つめてこちらの言葉を遮っての一言に気圧されて、おずおずと反応を窺いながら呼びかけると、途端にシェリルの表情がふにゃりと蕩ける。

「いいわね。こう、心に響くものがあるわ」

「そ、そうか……」

 顔が引きつっているのが自覚できる。

「とにかく、女が夜道を一人歩きできるような平和な日本を基準に考えるな。男はケダモノと思って、警戒するぐらいでちょうどいい」

「でも、セラちゃんが守ってくれるんでしょう?」

 向けられる信頼の眼差しが言葉を奪う。

「盗賊団の連中を基準に考えると、さして脅威とも思えないが?」

 傍らから問いかけてくるバルトロメイに目を向け、溜息をつく。

「この世界の先住民は確かに脅威にならん。だが、先にこちらに来ているプレイヤーは十分に脅威だ。明らかに、それらしい者が歴史に名を残しているし、人外連中なら今でも生きている可能性はある」

「いや、待て。なんで、お前がそれを……さっきのか」

 この世界の歴史なぞ、いつの間にと問いかけたバルトロメイが心当たりに気づいたとばかりに村の広場の方へと目を向ける。リンチで賊の何人かが殺された、その広場に。

「そうだ。わたしは死霊魔術師だ。死者に話を聞ける。言ったろ? 貴族は魔法使いだと。ドロップアウトした三男坊だったらしいな。盗賊団の魔法使い殿は」

「それで、殺すに任せたの?」

 非難するような響きを宿すシェリルの声。その声に首を横に振る。

「押さえつけられ、搾取されていた鬱憤のぶつける先を奪えば、矛先がこちらに向く恐れがあった。そういう意図が無かったとは言わないが、当人たちの流儀で始末をつけさせるのが望ましいと考えてたのは本当だ」

 セラフィールドの言葉に、「そう」とだけ小さく呟きシェリルは沈黙する。そのまま、誰もが言葉を口にする事もなく、沈黙が室内に満ち。

 それは村長が呼びに来るまで続いた。

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