第4話 再会
「問題となるような脅威は無し、と」
小屋の制圧を終えて、セラフィールドはふむりとひとり頷く。
小屋の制圧にベッドの上から動く必要すらなかった。範囲化した《
《誘眠》は低レベルの呪文だというのに、抵抗して意識を保つことができた者はひとりもいなかったらしく、起きている人間の気配はまるでない。
シェリルがおとなしく襲われていた事情が分からなかったから、とりあえず生かしたまま制圧する事を選んではみたが、スキルをもう少し実地で試してみたかったところだ。
逃げる者がいないようにと、小屋を取り囲むように召喚し配置した猟犬どもの反応からも、内部から逃げ出した者がいないのは確かとみていいだろう。
となると、事態も落ち着いたことだし事情を訊きたいところだが――
「…………」
胸元に目を落とせば、自分の胸を枕に穏やかな顔で眠りに落ちているシェリルの姿。
神経を張りつめていた反動か、それとも先ほどの呪文の影響か。どちらにせよ、起こすのも忍びない。
どうしたものかと悩みながら、こうして人と触れ合っているのも随分と久し振りだなという感慨に浸りつつ、優しくシェリルの髪を指先で梳る。
PK組になってから、基本的にはソロでの活動。PK組同士の人間関係は、互いの裏切りを意識した冷たく殺伐としたものが基本だった。それに慣れた身としてはこうも無防備に身を預けられた状態というのは落ち着かない。
そっと、ベッドへとシェリルを寝かせて身を離す。
人肌の温もりに名残惜しいものを感じながらも、とりあず情報を得る事を優先しよう。そう、思考を切り替えて床に横たわる男たちへと目を向ける。
シェリルを押し倒していた男は、他を抑えてシェリルに手を出していた事からおそらく賊たちのリーダー格だろう。
だが、この程度の男に抵抗するシェリルを押し倒すだけの力は無い。
力尽くが無理なら、何らかの弱みを握って脅迫というのがこの手の定番。例えば、人質とか人には言えない秘密とか。
そうでなければ、シェリルをどうにかできるだけのアイテム類を身に着けていたかだ。
念のためにと感知・探査系のスキルをいくつか走らせるが目の前の男にはとくには反応は無し。
「やはり、脅迫の方か」
だが、知っているシェリルの関係者を思い浮かべるといずれも高レベルの者しか思い浮かばない。どいつもこいつも、この程度の賊に人質としてどうにかできるはずがないと思考を進めて、ここはゲームではないのだったと思いだす。
自分は死んだはずで、ここには死んだはずのシェリルがいる。
ならば、ゲーム内で死んだはずの他の者は?
いないとする理由が無い。
バルトロメイ。
恵まれた体格の巨躯にみっしりとついた鋼の筋肉。肌を無数の傷跡が飾る見るからにして歴戦の戦士といった風情のアバター。
そして、その外見そのままに「レベルを上げて、物理で殴れ」の格言を実行したかのような物理特化の
バルトロメイというキャラクターは、そういうキャラクターだった。
得手不得手がはっきりしていて、何ができるかできないかがわかりやすく、故に行動指針がはっきりしている。
そう、前衛として敵と直接殴り合う事は得意だが、それ以外の事となると役立たずに近い。
故にこの窮地は必然だった。
事の始まりは、廃墟じみたダンジョンでの目覚め。
ケルベロス・ゲートでの戦いで死んだはずがどうしてと戸惑いはあったが、状況を把握すべく目覚めた場所を基点に警戒しつつ探索を開始して、同じように探索をしていたシェリルと遭遇し、驚きと喜びを互いに味わいつつ情報を交換してみれば同じように置かれた状況も同じらしい。
ここがどこなのか、まだここはゲームの中なのか。ゲームのアバターそのままの姿と能力を持っているという事はそうなのか。同じような疑問があって、同じように解答を持ち得ていない。
どうしたものかと、相談をして同じように飛ばされてきた者がいないか探すのに一日を使い。暗闇に閉ざされたダンジョンの外を目指して、脱出したのはその翌日。
現実の自然そのものの外の風景を見て浮かぶのは、仮想現実として再現するならば処理能力が足りるのか。心に浮かぶのは、やはりこれは別の現実。異世界なのではないかという思い。
草木を切れば汁が滲んで、青臭い匂いが広がり。地面を抉れば、土の粒が。土の中に生きる小さな無数の生き物が。ゲームでは処理能力の都合上で省かれていたはずの、現実であるならば存在するはずの無数の事象。シェリルとふたりで思いつく限りに確かめた、そのすべてがこれは現実だとふたりに突きつけてきた。
そして、過ぎる時間が飢えと渇きとなって襲いかかる。ポーションを始め、水の代わりとなるアイテムはあった。主に味覚を楽しませるための食品系アイテムもあった。だが、補給の目途が立たないのならば至る結末は飢えて死ぬか、渇いて死ぬか。
ふたりが人里を求めて森に踏み入ったの自然な成り行きで、森の中でうまくやっていく術をろくに知らないままに、何とか抜けて村へと辿り着けたのは無駄に高性能な新しい体のおかけだろう。
そこまでなら、まだよかった。
「ねえ、この村って何かおかしくない?」
豊かな現代日本基準からすれば、ひどく粗末な食事とぼろくて古い家屋。それでも、まともな食事と屋根の下での一夜を過ごして人心地ついたところで、シェリルが漏らした呟き。
それに、何がおかしいのかと首を傾げて村の様子を思い返して、ふと気づく。
若い女の姿が見えない。子供の姿も少ない。目に見える人口構成が、何かいびつであると。
ふたりを森に迷った貴族か何かと思ってるらしい――実際、攻略最前線に立っていたふたりの装備は最高ランクであり、見た目にも風格漂わせる凄さがある――村長に訊ねてみれば、盗賊団に目をつけられていて略奪にあい、奴隷として何人かさらわれたという話が聞けた。
そして、縋りつくように頼まれてしまったのだ。
救けてください、と。
曲がりなりにも聖女の称号を得ていたシェリルがその言葉に頷いてしまい、定期的に徴収にやってくる賊を待ち伏せで対処する事に。
相手のレベルはわからないが、村長の話を聞く限りにおいては警戒を要するような相手はひとりいるかどうか。それでも、念のために隠れ潜んで不意を打った奇襲で一気に片をつけるつもりだったのだ。
そして、それは最初の内はうまくいっているようだった。
やってきた盗賊達のレベルは見る限りにおいては、問題にもならない低レベルばかり。その程度の連中に不意打ちをかけるのだ。勝負にもならずに一方的に刈り倒される盗賊達は、何が起きたのかもわからなかっただろう。
それでも、リーダーとおぼしき男は初撃の範囲を逃れていたこともあり、襲撃を受けている事を認識すると同時に、最適の手を最速でうった。
すなわち、既にアジトにとらえている村人を人質に脅迫するという一手。
盗賊のアジトがどこかは不明。ここで打ち倒す事はたやすいが、同時に盗賊達がかけていた保険が効果を発揮する。否、既に効果を発揮しているといってもいい。
アジトに残った魔法使いの使い魔を通じた監視。
囚われの村人を助け出すのが目的なのに、既にその目的を果たすの困難を通り越して詰んでいるも同然の状況。
梢に止まり、こちらを見据える使い魔だという梟。そいつが、嘲笑するように小首を傾げて見せる。
それでこの局面での勝負はついた。
盗賊達の勝ちで。
ここで盗賊達を捕らえる事も殺す事もたやすいが、そうすれば囚われの村人達が報復にさらされる。それを邪魔する手段も力もない。
そうして、シェリルは村人の安全と引き換えに連れていかれた。
残されたのは監視の使い魔とバルトロメイ。
ああ、認めよう。策を巡らし、保険をかけていた賊の勝利だと。だが、この展開を全く想定していなかったわけではない。
この世界の戦力の基準もわからず、盗賊の戦力の見積もりもできてはいなかったのだ。最初に想定していた状況の内では、悪い方ではあるが最悪ではない。
シェリルの魔法を封じるような事もせず、人質を盾に行動を縛って連れて行っただけならば向こうで人質の所在を確認次第、奪還に移るという目もある。
戦闘という状況においては、バルトロメイは有能だし、シェリルも無能ではない。
だが、逆に言えば戦闘という状況の外では有能であるのかどうか。
故に、この窮地は必然だった。
「あー……。その、うちのシェリルがすまない」
死んだ魚のように命の気配というものを感じさせない、虚ろな瞳のセラフィールドをを前に、痴情のもつれとか修羅場とかに対応できるかと冷や汗をかきながら頭を下げる事しかできなかった。
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