第3話 死後の世界
夜の闇に沈む森の中で、人家の明かりは意外と目立つ。
木々が視界を遮り邪魔をする森の中では、夜闇の中で光で自己主張するおかげで昼よりも見つけやすいかもしれない。
猟犬どもの見つけた人家とおぼしき建築物へと、足取りを速め急ぎながらそんな事をちらりと考える。
生身の頃とはけた違いの体力と運動能力の賜物か、すぐさまその建築物を自分の目で確認することができた。
素人建築を思わせる粗雑なつくりの木造建築。ガラスは使っていないのか、木戸の窓。あちこちの隙間から漏れ出る光が気密性の低さを雄弁に見せつける。
そして何よりも、内部に複数の人の気配。
山小屋の類にしては、いささか以上に大きい気がするがこの世界での常識ではこんなものかもしれないし、内部の人の気配と思えるものを感じるもののそれがヒトの気配とは限らない。
結界の類が敷かれている様子は一切ないところから、建物自体は見た目そのままと判断していいだろうが。
周囲の茂みに隠れ潜むように猟犬たちを待機させながら、どうしたものかと少し悩む。
堂々と正面から、扉でも叩いて普通に接触を試みるか。それとも、このまましばらく様子を探り、スキルでも何でも使って情報を集めてから行動するか。
耳を澄ませれば、猥雑な人の声っぽいものが聞こえるから言葉によるコミュニケーションは取れるはず。
揺れ動く判断の天秤を決定的に傾けたのは、内部から聞こえた女性の悲鳴だった。
「この声は、シェリル!」
もはや聞くとは思ってもいなかった相手の声。
それだけなら、驚きはしても慌てはしなかったかもしれないがそれが悲鳴となれば、悲鳴を上げるような状況にいるという事。
猟犬たちに小屋を囲むように命じ、ジェヴォーダンには小屋の入り口を見張るように待機を命じると急いで飛び出し、小屋の中へと飛び込んでいく。
途中の壁などの物理障害を透過し、一気に駆け抜けた先で見たのはひとりの男に粗末なベッドに押し倒され、剥かれているシェリルの姿。
そこまでを目にして、戸惑いに足が止まる。
女が男に押し倒される。
よくある性犯罪だが、それが成立するのは女が男を押しのけられないからだ。
だが、目の前の男から感じる実力は脅威と呼ぶにはまるで足らない雑魚。それは、自分の知っているシェリルの実力と比較しても同じはず。
ゲーム時代にあった敵とのレベル差を感知するスキルは簡単に取れるため、誰もが持ってるはずの標準機能と言ってもいい。シェリルが実力差を感じとれないはずがない。
となると、そういうプレイを楽しんでいる……のか?
勢い込んで飛び込んでみたはいいものの、そんな風に戸惑いに足を止め。判断に悩みつつ、思わぬ濡れ場を見なかったことにして撤退しようかと考え始めたセラフィールドと目があったシェリルが愕然とした表情で硬直する。
ひどく興奮した様子で彼女にむしゃぶりついていた雑魚っぽい男も、反応がなくなったことに気づいてか、顔をあげ。シェリルの目線を追うように、こちらへと顔を向ける。
だらしないくらいに興奮に歪んだ顔が、一瞬で真顔になり。熟練の戦士もかくやと、無駄のない動作でベッドに立てかけてあった剣を抜き放ち、こちらの首筋を薙ぎ払う。
殺意とその実践という、実にわかりやすい意思表示。
「あぁ……。実にわかりやすい」
念のために首筋を撫で見たが予想通りに無傷。
呪詛も祝福も乗ってなければ、魔力を通しているわけでもないただの鉄の剣。この世界の水準が分からず、施していた防御手段が通じるかと心配していたが素のままでも何の問題もない攻撃。
この身にダメージを届かせるにはあまりに無力な攻撃。
だが、どう反応すべきかはもう悩む必要はない。
「ひょっとして、そういうプレイの最中なのかとも思っていたが。やはり、違っていたようで何より。では、眠れ」
致死性の攻撃を叩きこむこともちらりと考えたが、まずは情報源になってもらうかと《誘眠/スリープ》を発動させ、男を眠りの淵へと叩きこむ。
感じた通りの雑魚らしく、一瞬の抵抗もできぬままに眠り込み、ベッドから転がり落ちて床に横たわる。
男を無力化したのを確認し、改めてシェリルに目を向けると何が起こったかまだ分かってないのか唖然とした表情のまま、何の反応も見せずにこちらを見ている。
ケルベロス・ゲートの戦いで死んだはずの彼女がここにいるという事は――
「なるほど。ここは死後の世界か」
死後の世界だから、死の直前の自分も彼女も死の直前の姿なのだろう。
生身じゃなくて、ゲームキャラの姿というのはそれが最後に自己認識していた姿だからか。
ふむりと納得し、シェリルの肌蹴られた胸元から見える胸の谷間。唾液で濡れた肌の放つ艶を眺め、エロいなという感想とともに目をそらす。
「悪かった。プレイの邪魔をして。この男は貰っていくから、代わりを見つけてくれ」
エロい体をしているだけあって、ゲーム時代に男から下心満載でもてていたはずだが、聖女のイメージ戦略なのか男性関係も女性関係も真っ白だったはず。
きっと、生前に溜め込んだ欲求不満が爆発したのだろう。
シチュエーションプレイ。いや、状況的に誘い受けだろうか。業が深いというか、芸が細かいというか。そんな風に納得と感心しつつ、眠り込んだ男の首元を掴み、引きずりながら退室しようとし、
「違うわよ、馬鹿ぁッ!」
「わぷっ!」
光の奔流。つまりは、攻撃魔法を叩きこまれて吹き飛ばされた。
「い、いきなり何を……す…る……」
ほとんど反射的に盾にした男が、人間としてヤバイ感じにびくんびくんと痙攣しているのに、意外と丈夫だなという感想を抱きつつ手を離して、床に放り棄て。ちょっとした怒りとともに、シェリルへと向き直り抗議の声をあげかけるも、怒った顔で泣いているその表情に言葉を呑み込む。
「こっ……怖かったんだから。本当に、怖かったんだから!」
ベッドの上で声を震わせ、そのままうずくまるように自分自身を抱きしめる姿に、しくりと心が痛む。
意に沿わぬ男に、無理やりに押し倒される恐怖。
自分にだって、それは覚えがある。ゲームがデスゲームへと変わって間もないころの忌まわしい記憶が、じくりとした不快感とともに脳裏をよぎる。
突然の攻撃に湧き起こった怒りは、あっというまに醒めてしまい。同情にも似た気持ちが後に残る。
「うん、大丈夫。ほら、もう悪い男はお仕置き済みだし、落ち着け」
そっとそばにより、目線を合わせて落ち着かせるように微笑みかけながら、優しく声をかける。
「大丈夫。守ってやるから、安心しろ」
「う゛っ……うぁ、ぁっ……」
目があったかと思うと、そのまま胸元に飛び込むように抱きつき、泣き出す。
胸元に顔を埋め、ぐずるシェリルの背中を優しく撫でながら、よっぽど怖かったのだろうなと、勘違いしていた自分を恥じる。
そして、先ほどのシェリルの放った魔法のによる騒ぎは、小屋の中の他の連中に当然のごとく聞きつけられたらしく、足音が駆け寄ってくる。
「ゴドーの兄貴、さっきのは何事ですかい」
乱暴に開かれる扉に、慌てた様子の男の声。腕の中のシェリルが、びくりと身を震わせて、胸の谷間に顔を埋めるようにしてしがみついてくる。
「大丈夫。わたしが、守ってやる」
明らかな怯えを見せるシェリルの耳元で、優しく落ち着かせるように囁く。
「って、兄貴! てめえッ! どこから入った!」
床で痙攣している男に気づき、今更ながらに自分の侵入に気づいたらしく騒ぎ立てる男へと、じろりと目を向ける。
扉から一歩踏み入れた位置でこちらを睨む、まさに盗賊といった身なりの三十代ぐらいの男。
騒ぎを聞きつけたのはこの男一人だけでない様子で、さらに複数の足音と荒々しい声が近づいてきている。
「気にするな。知った声が聞こえたからお邪魔しただけだ」
この様子なら、全員が集まってくるだろう。
脅威と呼べるほどの強者の気配はない。このまま、シェリルを抱いたまま一歩も動かずに一方的に蹂躙できそうな雑魚の気配しか感じない。
殺すか? と、ちらりと考えてから、シェリルの事情もわからないし、生かしておくかと結論を下す。
「何言ってんだ、こらぁッ! 兄貴をこんなにしやがって、ぶっ殺すぞコラッ!」
こちらの余裕ぶった態度に切れたのか、問答無用とばかりに顔を真っ赤にして殴りかかってくる男に、溜息をひとつ。
「犯人はわたしじゃなくて、シェリルなんだが……」
男の怒声に怯えてぎゅっとしがみついてくるシェリルの様子に、とりあえずは静かにさせるかと、冷えたまなざしで男を一瞥。
視線に乗って走った不可視の衝撃波が、殴りかかってきた男を吹き飛ばし、壁へと叩きつける。
「やはり、雑魚だな」
自分たちのレベル帯だと牽制程度で、ダメージは期待できない低位の魔眼程度でこのザマかと、意識を失い壁にもたれるようにずるずると崩れ落ちる男を眺める。
この分では、ここを制圧するのは何の問題もないだろう。
そして、その予想は外れる事無く現実となった。
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