第2話 へそ天したら伝説になった件について。
大迷宮内部、ヒカリゴケでまるで真昼のように煌々と光るダンジョン内部を、一人の銀髪のロングヘアの女性が、同じように銀髪をクラウンブレイドに纏め上げた女性を背負いながら必死で歩いていた。
二人とも冒険者とは無縁と思えるほどの気品と透き通るような肌の白さ、不可思議な緑の瞳をしている彼女たちは、貴族の令嬢と言っても過言ではない。そんな彼女たちは双子であり、抱えている方は「ユリア」という名前だった。
「はぁはぁ……。」
中級冒険者であり、最底辺のダンジョン配信者であるユリア。
彼女は自らの双子の妹であるレイアと共に、シュオールの大迷宮へと侵入していた。
かの有名なエンシェントドラゴンロードが存在するというシュオールの大迷宮。
シュオールと戦おうと大迷宮に挑んで滅んだ人間は数知れずだ。
だが、シュオールは自分に対して危害を与えなければわりと無頓着である。
大迷宮に侵入して、内部を探索する程度ならば問題はあるまい。
まずはどんな感じか軽く探索しようとした二人を襲ったのは、同様に大迷宮に侵入していたゴブリンたちだった。
いかに中級冒険者とはいえ、多数のゴブリン相手に戦って無傷ではすまない。
ユリアは重症を負い、レイアはもはや半死半生である。一応包帯などで血を止めているが、このままでは大迷宮を出る前に出血多量で死亡してしまう可能性もある。
さらに、何とか逃げ出せたとはいえ、ゴブリンたちはまだまだ存在しているだろう。そうなったら「孕み袋」待ったなしである。
と、そんな風に必死で逃げている彼女の前に、ズシンズシンと何か巨大な物が動いている足音が響き渡ってくる。
《ヤバイ!!ユリアちゃん逃げて!!》
《やべぇえ!大型の怪物とか戦えないぞ!!》
《ギルドに緊急連絡しろ!!早くしろ!!》
『ガァァアアアアアッ!!』
そして、彼らの想像は最悪の形で姿となって表れた。
最強の幻獣、ドラゴン。運悪く満身創痍の状況で全く無傷のドラゴンと出会ってしまったのだった。その力漲る巨体。到底今の彼女たちでは対抗できない強力な存在に、彼女たちは思わず絶望の声を上げる。
「ド、ドラゴン……!!」
だが、そのドラゴンは彼女たちの絶望を他所に、そのままドシン、と床に倒れて、お腹を見せて哀れっぽい声でくぅ~んくぅ~んと泣きながら、じたばたとのたうち回る。
それは、明らかにこちらに対して服従するという服従ポーズだった。
「………は?」
いきなりお腹を見ててへそ天して、くぅんくぅんと害意のないことをアピールしながら床をのたうち回るドラゴンに対して、ユリアは思わず反応できず目が点になる。
さらに、キラキラした瞳で(こちらは無害だよ、怖くないよ)とアピールしてくるドラゴンだったが、どこからどう見てもこちらにとっては恐怖対象である。とりあえず彼女は言葉で話すことができないか恐る恐ると床に寝転がってジタバタしている竜に対して話しかけてみる。
「あ、あの……。言葉とか話せますか?分かりますか?」
『おっ、そちらの言葉が理解できるということは、我の言葉もそちらに理解できるということだな。さっすが我。自分自身に惚れ惚れするわ~。』
ぐねぐねと床に寝転がってへそ天したままのポーズで、エルは自信満々にそういい放つ。それに対して、彼女は、は、はぁ……。と困ったように言葉を返すが、どうやら敵対的ではないということは理解しているのか、彼女はそのまま背負ったままの双子の妹を床に卸す。
まあ、とりあえずこれやれば、向こうはこちらに対して危害を与える気はないというのは理解できる。
念のため、ピクシーの魔導カメラをそのまま映して配信しつつ、彼女はドラゴンと話し合うことにした。
「まあ……とりあえずこちらに危害を与える気がないというのは解ったけど……。」
『そうそう。我にはお前に危害を与える気はない。それは理解してもらいたい。で、何でこんなところにいるの?』
かくかくしかじかという風に、ユリアは自分の状況を全てドラゴンに対して説明する。自分の居住地に踏み込まれて怒ってもいいエルではあるが、別に住処を荒らすゴキブリ……もとい、ゴブリンではないし、ボロボロの人間に追い打ちをかけるほど非人道的ではない。
何とすれば、彼女たちの傷を癒してここなら出て行って丸く済ませていいぐらいである。というか、配信されている以上それ以上の手がない。
あえていきなり自分に敵意がないのをアピールしたのも、配信先の視聴者たちにアピールしたかったためである。だが、そこでも大きな問題がある。それは、エルが治癒魔術が苦手ということである。
『我も治癒呪文とか苦手だし……何とかする手段はあるけど、配信されながらするのは勘弁してほしいんだけどダメ?』
《絶対ダメ!!》
《配信切った瞬間にがぶりとやるんだろう。信じないぞ。》
《ユリアちゃんに危害を与えてみろ!ただじゃすまさんぞ爬虫類!!》
配信側からは矢のように否定の言葉が飛んでくる。とりあえず、苦手な治癒魔術で彼女たちの血を止めたりある程度癒したりはしたが、それでも信用は得られないらしい。
まあ、それも仕方ないかぁ、自分が配信を見ている側でもそう思うわ、と心の中で呟きながら、エルは含み笑いをする。
『くくく、酷い言われようだな。まあ仕方ないけど。ぶっちゃけて言っちゃうと、我の竜の血を彼女に一滴垂らして融合させるという手段だな。』
『竜の血の生命力なら、その程度の傷などあっという間に癒せるだろう。それほどの重症は我には他に癒す手段はないぞ。』
ちなみにこれは本当である。竜の生命力を分けてもらえる形なのだから、それくらいの意識不明の傷だろうが、重症だろうがあっという間に治るのは本当だ。
それに、前にも言ったように傷を治してそのまま帰ってもらわないとエルにとっても困る。ここで死人を出して人類サイドに敵対視されるのは本意ではないのだ。
《……ちなみにデメリットは?》
『おっ、いい質問だね。ぶっちゃけ……解らん!!相性が良すぎると半竜人になって肉体の変化すらあり得る。耐えきれないと肉体ごとボン!もあるかもね。』
視聴者の質問に、指というか爪をパチン、と鳴らして答えるエルに対して、視聴者たちからのコメントが山のように流れ込んできた。
実際分からんものは分からんので仕方ない。後は相性の問題だけである。
《悪魔の契約じゃねーか!》
《乗るな!ユリアちゃん戻れ!!》
《お前マジふざけんなよ!!他に手段ないの!?》
《こいつ、油断させておいてユリアちゃんの弱みにつけこんでるだけじゃね?》
凄まじい速度でコメントが弾幕のように流れていくが、エルとしてもこれ以外の方法がないのが事実だ。
ユリアはそれを察知しているのか、深々と溜息をついて言葉を放った。
「……分かりました。私もレイアも二人とも竜血をお願いします。それで傷が治るなら大儲けでしょう。あと、使い魔契約などはさすがにお断りで。
あくまで傷を治すリソースとして使いたいのですがいいですか?」
それに対して、エルもいいよ~と気軽に返事する。彼の目的も傷を癒して大人しく帰ってもらうことであって、彼女たちを使い魔にしたいだの何だのはない。
自分の血を分け与えるのだから、多少精神的な繋がりはできてしまうかもしれないが、それは勘弁してもらうしかない。
そう願いながら、エルは竜血を垂らすとみるみるうちに二人の傷は回復していった。それを見て、彼もほっと息をつくのだった。
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