死別

ののかさんの口から鮮血が飛び散る。

何かを言おうとして口を開いたののかさんの体を、後ろにいた政府軍が胴体から真っ二つに引き裂いた。


鳥肉の表面を力任せに擦ったような酷い音がし、彼女の体の有り得ない場所から、妙な光沢をもった内臓が次々と体外に零れ落ちていく。


……それでもまだ、なぜかののかさんは死ななかった。


屈強なのも大変なことだ。

普通に生きていければ見るはずのなかった自身の内臓を見てしまい、これ以上ないぐらいに顔を歪める彼女を見て思う。


彼女を刺している政府軍とは別の政府軍が、発狂しかける彼女の前で、そのぶよぶよした内臓を切り裂いた。


……内臓って、たらこみたいだよな。

全てが血生臭いその場所で、私は妙に冷静にそう思った。


…いや、冷静ではなかった。だったら、内臓でもいいから舐めたいなんてクソみたいに気持ち悪いこと考えるはずがない。


目の前のののかさんは嗚咽を漏らすと、私に向かって手を伸ばした。動かない私の目の前で、こちらに伸ばしたその手ごと政府軍にちぎられてしまう。


「……あ。」


ののかさんは胃酸を吐いて死んだ。お手本のような惨殺死体だった。

甘い匂いが香る。政府軍はそれを確認すると、私に向かって手を伸ばしてきた。



……終わったかもしれない。

そんな恐怖と同時に、落胆も感じた。


ののかさんだったら、私の命を任せて大丈夫だと思ったのに、想像以上に簡単に死ぬじゃない。


でもまあ、しょうがないよな、とも思った。

この世界がそんなに生優しい場所ではないということは、ここに転生してきた時から知っている。



足元にののかさんが転がっていた。もう、あの綺麗な顔の原型はない。

彼女の面影を追うように、私はののかさんの手を握る。


その手は、腐った桃を潰すような感覚とともに、私の手をすり抜けて崩れていった。



…死にたい。

淀んだ絶望の中でそれを言葉にすることは、想像よりもずっと簡単なことだった。


だが、いくら口にすることが簡単でも、この願いがそう簡単に叶うものではないということは、私が一番知っている。



『死にたいと思った時だけ不死身になる能力』



正直言って、全くいらない能力。

それが、私の異能だった。


政府軍が私の胴の中心に刀を刺し、アジでも捌くような手つきで四分割する。

彼らは、まったく抵抗しない私に怪訝な顔をしつつも、ご丁寧にひとつひとつの内臓を引きずりだしては切り裂いた。


そのざまが見たくなくて、目を閉じ、転生した時のことを思い出す。

…私は、転生した瞬間に、政府軍に目の前で人を殺された。


本当に気持ち悪かった。そこにあるのは、正義でも慈悲でもなく、ただの臓物。

まだ生きたいと思っていた当時の私は、不死身にはなれず、その場にいた人と同じように、政府軍が放った矢の一つで簡単に死にかけた。


でも幸いなことに、私だけはののかさんに助けてもらうことができたのだ。

別に悪くない異世界ライフのスタートだ。よくある展開。


それでも、私の中の漠然とした希死念慮は消えることがなかった。


……幸せであったってそれなのに、今まで私が縋ってきたものさえなくなって、まともでいられるはずがないじゃないか。


そもそも、大切な人をなくしていなくたって、激痛が走っているうちに熱烈に生きたいと思う人はあまり多くはないだろう。


だから私は、不死身なのだ。



政府軍の刀で内臓を抉られる痛みに耐えきれず血を吐いた。

…ダメだ、死んだフリをしなければ。


傷つけられる度に力む体をなんとか制御し、私は街の道路に突っ伏す。


政府軍の刀が私を縦に半分に切った。もうとっく体は限界だったのか、黄色い何かを吐き、私の体は動かなくなる。


「やめとけ、もうこいつ死んでるぞ。」


しばらくして、政府軍がそう言って仲間を制止した。

何本もの刀が私から離れる。

やっと終わったみたいだ。政府軍が立ち上がる音を聞いてそう思う。


流石に死体の処理ぐらいはしていくかと思ったが、彼らは案外あっさりと去っていき、丑三つ時の街の溝には、私だけが取り残された。


………去ってったのはいいんだけど、どうしようかな。

そう考えつつ、私とののかさんの吐瀉物に体をうずめた。

感触は気持ち悪いけど、あんまり悪い気はしないな。


そう思ってしまった私は、果たして異常なのだろうか?


「……ねえ、これから任務いける?」


しばらくして、どこからともなく声がした。

おおよそ、死者と戯れているけが人に対する言葉ではない。


痛みに抗って目を開ける。声のした方に目を向けると、そこには、どこかで見たことのある、緑目の少年の顔があった。


任務ってなんだよとは思った。

だが、わかったふりをして、行けると言おうとする。

そのつもりで口を開いたが、血が大量に噴き出ただけ。

声を出すのは諦めて頷く。すると、少年は満足そうに笑い、ばらばらになった私の体を背負って歩き始めた。

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