だったら私が死ねばいい!

いめ

序章 転生者

乱中


「……あ、危ない」


そんなののかさんの声が聞こえた次の瞬間、私の左腕が吹っ飛んだ。


激痛と共に、案外ぬるっとした動きで左腕が地面に落ちていく。

下を見ると、さっきまで私のものだった左腕が、血液を細く纏ってミミズのようにうごめいているところだった。


…びっくりした。

左腕が飛んでってミミズ化しているのもそうなのだが、主に、こんな治安の悪い街で、しかも深夜の二時だというのに、それが当たり前のような顔をして目の前に佇んでいる政府軍の兵士達にびっくりした。


人を殺す仕事をこんな夜中までやるとか、ブラックにも程があるだろ。

これが天下の政府軍の有り様ですか、と心の中で侮辱する。



今、この国……日本の明治を彷彿とさせる国、人久里ひとくりは、ちょうどここの隣にある、核を所持している国との貿易をするか否かで二極化し、内戦をしている最中だ。


私たち市民軍の敵、政府軍は、隣国との貿易を否定している。理由は単純、危ないから。


目の前の政府軍を睨む。

予想通り、睨み返された。


私とののかさんは、気楽にお散歩していたところをうっかり政府軍に捕まり、そのまま追いかけられているところだ。


政府軍は、市民軍に比べ圧倒的に兵士の数が多い。

だからちょっと外に出ただけで簡単に見つかるし、今この場で、私一人に対する兵士の数は異常に多い。


だが、貿易に賛成する市民軍は、兵の数こそ少ないものの、兵士のほぼ全員が、この国で稀に生まれる超能力者だった。


その市民軍の中でもかなり偉い人物が、私の隣でわかりやすくため息を吐く。


「だから前は見とけとあれほど……」


ののかさんは呆れたようにそう言うと、私の怪我していない方の腕を掴んだ。


「逃げるよ」


彼女は小声でそう言うと、私の答えも聞かずに地面を蹴った。


ジェットコースターよりもひどい尻が浮くような感覚に背中の毛が逆立つ。


私にしてみればかなり不快な感覚なのだが、ののかさんはむしろ好きな部類に入るらしい。


彼女は楽しそうに街の屋根に飛び移ると、政府軍の攻撃をかわしながら走り始めた。


屋根が瓦でできているせいで、足場が悪い。

ののかさんはそんな弊害を気にする素振りも見せずに、飛んでくる大量の弓を避け、どこかへ向かって走っていた。


恐らく、目的地は市民軍の拠点だろう。

そこそこ近いし、油断さえしなければ問題なく帰還できるはずだ。


それでも私は、万一にもののかさんが殺されることがないように、彼女の一歩後ろの立ち位置で、後ろから放たれる政府軍の矢を受け続けた。


今更だが、私は転生者である。

転生の直後、早々に命の危機を迎えていた私は、そこでののかさんに助けられてから、彼女に信仰めいたものを感じている。


距離感が近いから、もし後ろから大量の矢を持った兵士達が追ってきていなければ、私たちはツンデレとオタクの百合カップルに見えなくもなかったかもしれない。


…正直この状況でもそう見えてて欲しい。


でもまあ、こんな能力を持って転生してきちゃったからなぁ……

むくむくと肉塊を吹き出しながら再生していく、新しい左腕を見てそう思う。


相変わらず気持ち悪い回復方法だ。


イボが集まって傷を囲っているようにしか見えない。

せめて見た目だけでもなんとかならないのだろうか。このままじゃあまりにもグロい。


そんなことを思っていると、突然、耳元で風が唸った。


「……花、左斜め前」


ののかさんは私の名前を呼ぶと、振り返って目配せをしてきた。


…あーあ、今ちょうど傷治ってきたところなのに。

そう思いつつ、ののかさんのちょうど左斜め前で政府軍が放った刃を体で受け止めた。


肩と左目を切られる感覚がする。この世界に転生してから一ヶ月はたったはずだけど、これだけは未だに慣れない。


…目玉を切られるってのは、もしかしたら紙で手を切るあの痛みを重症化させたものなのかもしれない。


肩の一部が切り落とされ、あっけなく目玉を取りこぼし、それでも倒れない私に驚いた政府軍を、ののかさんが異能で殺した。


相変わらず、超能力ってのはすごい。全く手を出していないのに勝手に人が倒れていくのだから。


どうせなら私もそういうのが良かった。可愛い顔の割に凛とした雰囲気を纏ったののかさんを見る。


その私の視線に気づいたのか、ののかさんがこっちに向かって笑いかけてくれる。


…その背後にある、淀んだ殺気に気付き、私は慌てて声を出した。


「……あ、ののかさん後ろ……」


その刹那、彼女は政府軍に腹を貫かれた。

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