海に住む幽霊

大学生

第1話

小学2年生の夏。僕は海の幽霊に会った。彼女はとても綺麗で……。今でも思い出せるのだ。あの時のことが鮮明に。



僕の家は海が近くにある所謂、田舎の街で育った。裕福でもないし、貧しくもない。ごく普通の家庭だった。


しかし僕は怒っていた。お母さんが夏休みの宿題が終わるまではゲームはなしと、ゲーム機を取上げたのだ。


「お母さんなんて嫌いだー!!!」


そんなこともあって、僕は家を飛び出した。初めての家出だった。絶対に帰らない!そう思って自転車に乗った。


お母さんはすぐに帰ってくるとでも思っているのだろう。泣いても帰ってきてやらないんだからな。


「うぉおおおー!!」


坂道を転がりおりる。目の前に広がるでかい海。田舎に住んでる僕だけが見られる最高の景色だ。


風を切るように進んでいく自転車に身を任せる。どんどん家が遠くなっていく。蝉の声が僕のことを後押ししてくれているようだった。


最近流行っているWANIMAという人の曲を歌いながら、僕は大はしゃぎで自転車を漕いだ。できるだけ家から遠いところに行きたかった。


お母さんの目の届かないところに。


それだけを思って僕は進んだ。軽く1時間くらい漕いだのだろうか。辺りは分からない景色になっていた。


駄菓子屋さんがあったので、サイダーを買うことにした僕は、ポケットの中から百円玉を取り出した。


「うわぁあぅっ!」


取った拍子に手のひらから転がり落ちた。甲高い音立てて転がる百円玉を僕は追った。止まれ、止まれと思いながら追いかける。


百円玉は誰かのサンダルに当たって止まった。それに気づいた白いワンピースの女の人は百円玉を拾った。


駆け寄って僕は大きな声で宣言する。僕の全財産である。盗られてたまるものか。


「それ、僕のです!」

「うん。はい、どうぞ?」


僕の顔を覗き込むようにして、お姉さんは百円玉を渡してくれた。優しい人で良かった。


「君はどこから来たの?1人?」


そう言って心配するお姉さん。や、やばい!家出なんてバレたら家に帰らされるかもしれない。


「ぼ、冒険中です……」


苦しい言い訳をした。そんなことを僕が言うと、一瞬驚いた顔をしたが、お姉さんはニコッと笑った。


「そっか、そっかぁー!冒険か!いいね!お姉さんも一緒していい?」


そんなことを言われた。思ってもいなかった言葉に僕はつい調子に乗ってしまった。


「一緒に?いいよ!ついてこい!この僕に」


しまった。リーダーになってしまった。リーダーは部下を守るのが基本だからなぁ。仕方ない。


「やる」


僕は50円のサイダーを二本買った。その内の一つを彼女に渡した。


「え!いいの?さっすがー!隊長!」


被っている麦わら帽子を揺らして笑ったお姉さん。ちょっとだけいい事をした気分になった。


僕は自転車を押してお姉さんた一緒に海岸沿いを歩いた。僕の学校のことや、ゲームの話。虫取りをした話とか。


僕の話を黙って聞いてくれていた。僕はお姉さんのことが知りたいと思った。歳は高校生くらいで、髪型はロングだった。


「お姉さんはどこからきたの?」


僕がそう聞くと、お姉さんはさっきまでの楽しそうな雰囲気は少し無くなった気がした。


そしてお姉さんは真剣な顔をして言った。僕に相談するような……。


「私には帰る場所はないの。私は海の幽霊なんだ」

「ゆ、幽霊!?」


僕はお姉さんと距離をとった。幽霊は悪いことをするものだってお母さんが言っていた。


「怖がらなくていいよ。怖くない幽霊だから」

「ほ、本当ですか?」

「本当だって!さっきまで普通に話していたでしょ?それに隊長が部下にビビってていいの?」

「そ、それはだめだな。み、認めよう!」


僕はもう一度、お姉さんに歩み寄った。安心したような顔を浮かべたお姉さんは話を続けた。


「そろそろ隊長はお家に帰らないといけないんじゃないの?日が落ちてきたよ」


お姉さんがそんなことを言うので周りをみてみると海が赤く染まっていた。でも僕はお家には帰れない。


「僕は家には帰らない!」


そんなことを宣言した。どうせ早く帰れってお姉さんに言われる。そう思ったが思ってもいなかった言葉が返ってきた。


「そっか。じゃあもうちょっとだけ話しとこうか。んー、例えば生まれ変わったら何になりたいか、とか?」

「僕はゾウになりたい!大きくって強いでしょ!」

「お!いいねぇ!お姉さんは幸せなお嫁さんかな?」


そんなことを言った。お姉さんは願うようにそう呟いた。お姉さんは幽霊だけど生まれ変わったらとかがあるのか。綺麗だからドレスとか似合いそうだなぁ。


だらだらと話していると本当に日が沈んでしまった。


辺りは暗くなってポツポツと電灯が光っているくらいだ。潮が満ちてきて、時々お姉さんのサンダルに波が当たった。


その光景を見て少しずつ、少しずつ不安が募ってきた。そんな僕の彼女に相対するように楽しそうに笑うお姉さん。


「隊長、一日楽しかったよ。こんなに笑ってお話したのも久しぶりかも!」


そう言って、お姉さんは僕の手を取った。


「僕も!もっとお姉さんと話したい!でも……」


僕は黙った。感情が押し寄せたからだ。お姉さんとお話していたいけど、僕にはお母さんが待ってるし、心配してるかもしれない。


「隊長……私と一緒に海に帰ろう」


そんな僕に幽霊のお姉さんは真剣な声で言った。そう言って、押し寄せる波の中を進んでいく。


お姉さんはバシャバシャと、音を立てながら進んだ。僕はただ手を引っ張られていた。


お姉さんの膝が使った頃には僕は腰くらいまで海に浸かっていた。


いつもより冷たく感じる夏の海は徐々に僕の足元をさらっていくようなそんな気がした。


「お姉さんは本当に幽霊なの……」

「うん。幽霊だよ。海の幽霊」


僕は凍える喉から振り絞るようにしって言うのだった。


「でもさ、僕、知ってるんだ。幽霊はサイダーの瓶を掴めないしさ、百円玉だってぶつからない。それに波に……」

「隊長……?私を信じて?一緒に海に行こう。海の底にあるんだよ。夢が。それには家には帰りたくないんでしょ?」


そう言ってお姉さんは強く腕を握った。そしてニコッと笑うと、もう一歩前に進んだ。僕はお腹まで海に浸かった。


……僕はお姉さんを信じて海に行く方がいいのかな。


『お母さんに会いたい!』


僕はお姉さんの腕を振りほどいた。そしてお姉さんの目を見た。初めてちゃんと見たお姉さんの顔。ずっと目線が合わなかったから分からなかったけど、お姉さんは泣いていた。


「僕は家に帰るよ。お母さんが待つ家に」


僕がそう言うとお姉さんは笑った。出会った時と同じ笑い声だった。


「そっかぁー!じゃあ帰ろっか。隊長?」


そう言って、海岸の方へと歩いて行った。それについて行くようにして僕も海から出た。


自転車がある所まで行くとお姉さんは一緒に道路までついてきてくれた。びしょ濡れなので、少し夜風が肌寒い。


僕が何気なく自転車にまたがろうとすると、僕は知っている顔が目に入った。


「あ……お母さん」

「あ、あんたぁーー!!!」


僕はお母さんの元に走った。お母さんは目に涙を浮かべていた。肩で息をして、心臓の鼓動が伝わる。一生懸命に僕を探してくれていたのだろう。


「あんたぁ、何してたの!こんな隣町にまできて!」

「ぼ、僕はあのお姉さんと話して……」

「どこね?お姉さんって人は」

「白のワンピースきてて麦わら帽子の……」


さっきまで一緒にいたお姉さんはどこかに行ってしまっていた。本当に幽霊だったのだろうか。


僕は元にいた場所を見ると、僕のとは違う水の跡があった。それはまた海の方に続いていた。


「僕、いかなきゃ。海の幽霊が帰っちゃう」


僕は再び海へと走った。砂浜が僕の足を握る。負けじと僕は一歩一歩とすすんだ。頭がクラクラする。多分、お水を飲んでなかったから。


だめだ。倒れちゃ!僕は隊長なんだから!


「お姉さんー!僕が来た!帰ってきて!」


返事はない。辺りはもう暗く、海には何を映ることは無い。でも確かにそこにお姉さんはいる。だって海の幽霊なのだから。


「隊長は部下を守るものだから。だから!」


僕は大きく息を吸い込んだ。海の向こうまで届くように。お姉さんの耳にいちばん大きな声で響くように!


「僕がお姉さんをお嫁さんにしてやるー!」


僕は言い切った。伝えたいことを伝え、僕は力尽きた。意識を手放した僕は砂浜へと崩れた。


『自殺を謀った高校生の女子生徒が……』


蝉の声がテレビの音をかき消す。前までは応援しているように聞こえたその声も今では耳障りである。


そして今、僕は宿題に追われている。何故かって?それは夏を楽しむためである。


「いってきます」

「ちゃんと夜までには帰るのよ」


僕は花屋さんに行って『アヤメ』の花を取り繕って貰った。植物図鑑で調べた花だった。


それを持って下った先にある、病院へと向かった。田舎の街のいちばん大きな病院。


「お邪魔します」


僕はドアを開いて、すぐにベットに座っている長い髪の女の人が目に入った。点滴を身にまとっている。


僕はお姉さんに持ってきたお花を渡した。


「久しぶり、お姉さん」

「あははっ……。恥ずかしいね」

「幽霊でも点滴受けるんだ」

「わかってて言っているなら意地悪だぞー」


そう言って笑う。白い肌と紫色のアヤメの花が良く似合う気がする。


「それで?私をお嫁さんにしてくれるんだって?いいのかな?海の幽霊でも」

「うん。また海に行こうね。あそこは我が家みたいなものでしょ。お姉さんといると落ち着くんだ。あの場所が」


僕がそう言うとお姉さんは笑ってくれた。白い歯がちらりと見える。やっぱり綺麗な人だ。


「じゃあそこが私たちの第二の家だね。早く帰りたいなぁ」

「そうだね……」


これが僕の海の幽霊とのお話である。


◆◆

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海に住む幽霊 大学生 @hirototo

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