第3話:学校

 翌日。


 彼女は軽く家事を済ませてから学校に行くことにした。


 数日行っていなかったからそろそろ行くべきかと思ったということと、スイルは普通にしているように見えたが、そもそも飛べないことを知らないから普通にしていただけで、それを知ったら避けられるんじゃないかと不安になってしまったのだ。


 その日の朝は父親と会ったが、幸い特に何も言われることはなく仕事に出かけた。


 彼も、母親同様カノンが飛べるようになることを期待している。セレストとして安定した人生を送るためには、飛行能力を持つことが必要不可欠だと考えているからだ。


 今日こそは時間通りに学校へと向かったカノンは、賑わう校門をくぐり抜け、そそくさと学校の中に入った。


 何もしていないはずなのにどこか後ろめたさを感じながら、自分の席に座る。


 しかし、目立たないようにしても、彼女の翼は目に入る。この教室には多くの人種が居るとは言え、この街においては確かにセレストであると目立ってしまう。

 一瞬数人の視線が彼女の方へ向かうが、何か声を掛けられる様子はない。


 このクラスの人数は大体二十人強。


 六、七割は金髪や金眼をした一般的な人族だが、それ以外にも様々な種族が居た。

 カノンのように白い翼が生えているものは居ないが、頭に角や黒い悪魔の尻尾のようなものが生えたもの、猫やうさぎの耳と尻尾が生えたもの、歳にしては小柄な人物や耳の尖った人物などが居た。

 肌の色も様々だった。


「それじゃあ出席確認! まず――」


 しばらく名前が呼ばれて、カノンの番になった。


「えーっと次は……カノン=レイフィム。お、今日は居るんだな」

「はい」


 返事と同時に、他の天人族てんじんぞくであろう人間が数人こちらをチラリと見た。


 それから何事もなく点呼は進み、授業へと移った。

 その教師は出ていき、みんなが授業の準備をしながら和気あいあいと話している中、カノンは一人でノートや教科書を開いていた。

 本当に喋れる友達や知り合いが一人も居ないわけではないのだが、向こうから話しかけてくることも少なければ、自分から話しかける勇気もなかった。


 そんな教室は、教師が入ってきて号令をするまで騒がしいままだった。


「昔、この国に居た『天人族の純血』について話したな」


 白髪しらが交じりの黒髪に青い瞳をした、初老の男教師――ラグス=ペタールが教卓で言葉を発した。

 貫禄のある顔に、意志のある瞳からは厳格なイメージを受ける。


 黒板には、天人族の純血の描かれた水彩画が一枚磁石で貼り付けられていた。本来なら絵はないのだが、あれは実はカノンが描いたものを教師が借りている形になる。

 書いているのを見られた時に、話の流れで貸すことになったのだ。カノンとしては、別に自分が書いたことがバレなければなんでも良かった。

 ラグスも分かりやすい絵が欲しかったらしく、ちょうどよかったらしい。


 彼はカノンの家庭環境も知っているから、無視するのも良くないかもしれないとの配慮もあったのだろう。結果的に、悪い結果にはなっていない。


 その絵には、金色の髪に金色の瞳を持った白く大きな翼が生えた人がおり、同じく白銀の鎧に剣を持っていた。

 絵は女性だが、別に女性に限った容姿ではなかったという。


「最初は自身を『セレスト』と名乗り高貴なものだとした彼らも、次第に人と混ざり始め、それからは純血が混血を支配するようになって――そのあとどうなったか覚えてる人は居るか?」


 先生の言葉に、天人族であろう人間が八人ほど手を上げる。

 だが、教師が何かを言う前に一人が声を上げた。


「はい! それから、僕たち混血が他の人種と技術交換をするようになって、それで力を持ち始めてから近代化が始まった――ですよね?」


 メガネを付けた勤勉そうな男子が立ち上がった。


「そうだ、百点の回答だな。昔の内容だが、大事な部分だ。しっかり覚えておけよ」

「あそうだ、その絵ってペタール先生が書いたんですか?」


 教師が話を続けようとした時、男子生徒が質問した。


「ああ、これはカノンが――」


 その時、彼はしまった、と言いたげな表情を浮かべた。


 カノンも驚き、内心不安に思いながら何事もないことを願った。


 訊いた男子は困ったような表情を浮かべてこちらを見ると、カノンと目があった途端目をそらして座った。


 その時、ガラの悪そうな一人の生徒がわざとらしく声を上げた。


「すいませーん。やっぱり純血だから優遇みたいな? そういう話っすか? やっぱ純血だもんな。元支配者さんらしく絵の才能もあるんだから確かに絵を描くのは適任でぇ――」

「純血とは、金髪金眼であることが前提条件である。そうだろう?」


 教師は途中で彼の言葉を遮り、睨んだ。

 確かにカノンの瞳は金色だが、髪は深青色しんせいしょくであり、純血ではない。

 ただ、セレストであるだけだ。


「っ……んなこた分かってるよ」

「さて、それじゃあ続きだ。隣国である『ラルメル公国』ではセレストが――」


 その正論と圧に負けた彼をよそに、教師は授業を続けた。


 一瞬その生徒が自分を睨んだのを見て、カノンは肩をビクッと揺らす。

 ああ、やっぱり面倒なことが起きたなぁ、と気落ちしながら彼女は逃げるように板書の内容をまとめていた。

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