美子の場合

第1話 奥手でごめんなさい!

「あーあ。恋したいなぁ」

 美子がそう机につっぷした。

「恋ねぇ」

 向かいの席に座る柚葉が、眼鏡の奥から美子をじっと見つめた。

「なんで恋したいのよ」

「だって楽しそうじゃぁん? 幸せそうだし」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

 カラリ、と机の上のコーヒーに浮かぶ氷が音を立てる。

「美子の恋愛遍歴って……」

「ああん、そのことは言わないで。コンプレックスなんだから」

「受動的恋愛」

「そおよ。悪かったわよ」

「そろそろ本気出してもいいんじゃない」

「本気出しても、相手がね……」

「いないの?」

「好きな人いなーい」

「じゃあ、できるまで待つことね」

 柚葉は冷コーをかき混ぜた。

「そうだよね……いないからって焦って、好きって言ってくれる人と付き合うからダメになるんだよね……」

「そう。本気で好きと思える人が現れるまで待ちな」

「へい、マイフレンド」

 美子はおどけて敬礼をした。


「羽柴さん、どう、進んでる?」

 上司の川原さんが美子に問いかけた。

「はい、問題ないかと」

「それはよかった」

 川原さんはにこりと笑って去っていった。

「かっこいい……」

 川原さんは長身で、笑顔が素敵なアラサー男性だ。まだ独身らしい。新入社員の美子はまだ彼と仕事の話しかしたことがないが、できるならもっと他の話をしたいと思っている。

「かっこいいよね、川原さん」

 先輩の真野さんが椅子をこちらに寄せて囁いた。

「か……かっこいいです」

 美子は話すことがあまり得意ではない。雑談とかも、何を話せばいいか分からないようなタイプだ。そんなんで川原さんと話そうと思ってるのか、私……と思ったりしている。

「独身だから、狙っちゃえば?」

 ふぇぇ。そんな大胆なことできんのか、私?

「自信ないです……」

「羽柴さん、大人しめだけどよく見たら綺麗な顔立ちしてるし、いけるかもよ」

 顔だけでなんとかなる問題なのか。

「でも私、コミュ障なんですよね……」

「そんなん言い訳だよ」

 真野さんはふっと笑って机に戻った。言い訳……確かにそうだ。私はこうやって、できない理由を探しては殻に籠もるのを何十年もやってきたのだ。美子はため息をついて、机に頬杖した。

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