第33話 虫使い

 稲穂が実り始めた、見渡す限り黄金色だ。

 そろそろ稲刈りだろうと思ったころに、そいつはやって来た。

 最初は一匹だったのかもしれない。それを見逃したと言われればそれまでだ。

「リン様、どうもイナゴがやって来たみたいです」

 モモが顔色を変えてやってきた。


「イナゴ? あのバッタの」

 我ながらあほな返事だと思った。

「はいそれもかなりの数が、増えているみたいです」


 イナゴはあらゆる作物を食い尽くす。リンの田んぼだけならいいがそうでなければ。

 リンはリゲルに一言告げて、ファルコンに飛び乗った。

「リン様、ミルンの方からイナゴの大群が」

「ミルンではかなりの被害が出たみたいです」

 水田の稲にイナゴがたかっているのが見えた。払い落とすがらちがあきそうにない。


「百年ほど前に一度あったと聞く、その時は餓死者が出るくらいの被害が出たそうだ」

「リゲル様、どうして」

 驚いたことにリゲルが、館から出てホルクを駆けさせてきた。彼が現場に出ることはめったにない。


「そりゃ、私も気になります。国が壊滅するかもしれないんだから」

 そんなことを言っている間に、みるみるうちに空が暗くなってきた。

 イナゴの大群が、太陽の光すら覆いつくそうとしているのだ。

「シロイチ」

 モモが叫ぶ。

「わかってる」

 背中から現れた翼、シロイチが鳥を率いて空に上がった。


 風を起こし、イナゴに襲い掛かる。

 一時は押し戻したが、数が違いすぎる。

「だめです数が」

 シロイチがまるで墜落してくるかのように戻って来た。


「なぜ、これは、魔?」

「わかりません」

 ジェネとベテルが同時に叫んだ。

「我々では防ぎようがありません」


 背中の背負った弓が震える、手に取ると輝き始めている。つまりは神の領域ということか。

 箙から矢を取ったリンは、イナゴたちの中心に向けて狙いをつけると、願いをこめて射た。


 突然、矢が空中で止まった。何かに刺さったわけではない、とにかく空中で止まったのだ。

「お前がアンジェルの妃か。水田など、許さん」

 空から声が降って来た。

「お前は誰」

「魔王をお前呼ばわりとは、なかなか大したものだ」


「魔王だと、ならなぜ叔母上の下さったせっかくの稲を食い荒らそうとする」

「叔母上、誰だそれは、知らんな。わしの許しもなく田畑を作るとは、許しがたい」

「ふざけるな、どうしてお前如きに許しを請う必要がある」

「リン様」

「リン」

「魔王に逆らっては」

 みんなが口々にリンを止めようとした。

「そもそも姿も見えない屁のような奴が」


 全員が絶句した、確かに少々下品かと思ったが、昔からリンは、口喧嘩となると止まれない。

「生意気な、食らえ」

 空中で止まっていた矢がリンに向かって一直線に飛んできた。

 ジェネとベテルが駆け寄るが間に合わない。矢はリンの心臓に向かってあと数ミリ。

 リンはもうだめと思わず目をつむった。その瞬間、矢は再び、空中で止まった。


「うわあ」

 空から絶叫とともに、巨大なトンボが降って来た。

「誰が魔王だって」

「だれだ」

「私はお萌のような不細工な奴を旦那にした覚えはないよ」


「叔母上」

「ベガ様」

 雲の塊、その上にベガが寝転んでいる。

「お妃さま」

 とんぼが震えあがった、もちろんそのようにリンたちに見えたというだけだ。


「ここに手を出すなって魔王は言ってなかったかい」

「え、いやその」

「おまけに魔王の名をかたって、どうしてくれよう」

「お、お許しを」

 とんぼが羽根をバタバタさせた。


「ベガ様、助けてあげて。その代わりに私にこいつをください」

「リンや元気そうだね。こいつをどうするって」

「生涯、雑草取りとしてこき使います」

「ああ、なるほどね、それはいいかもしれないね」

「こいつは虫を動かせるから、おい、お前これからはお方様の言うことを聞くんだ、一言でも逆らったら」

「わかりました、仰せに従います」

「リン、こいつらが逆らったら、こっれを使いなさい」

 空から一本の杖が降って来た。


「じゃあ、ね。元気で」

 ベガの気配が消え、とんぼが、少女の姿になっている。雌だったらしい。

「おいお前」

 ジェネが声をかけたがふてくされているのか、そっぽを向いている。

「あなた名前は」

 リンが声をかけた


「プリン」

「自分でつけたの、おいしそうでいい名前だね」

「ほんとか、好きなんだ」

「働いたら食べさせてあげる」

「わかった、言うことを聞いてやる」

 ベテルがいきなり頭を張り倒した。

「痛い、何するんだ」

「お方様になんて口を利く」

「いいのよ、それぐらい元気な方が」


「ということは、おいらたちは雑草取りはしなくていいのか」

「ええ、あなたたちだけでなく、国中の畑の草取りをこの子にしてもらいます。雑草を食べればいいんだからいいよね」


 我ながら名案だとリンは思った。その時間で子供たちには少しでも勉強をしてもらおう。



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