第31話 タルシアにて

 三か国目のタルシアへは、船で行く。そう聞かされていたので、リンはいろいろ想像していた。帆船? それとも船底につながれた奴隷が櫂でこぐガレー船みたいな?

 タルシアはミルンの向こうに広がっている国だ。アンジェルからも船で行くことはできるが、普通はミルンを通っていくことが多いらしい。


 その理由は船着き場に行ってすぐにわかった。ミルンとタルシアの間は海ではあるが、狭い水道になっているところがあった。

 船は両側に張られたロープに沿って行ったり来たりを繰り返している。そんな船が十隻ほど並んでいる。

 一隻は二十人ぐらいの人と荷物が載せられる。それをホルクと滑車で曳くらしい。

 橋を架ければ、そうも思ったがこの船で十分なのかもしれない。


 ファルコンたちを向こうに渡すことはできるが、結構料金がかかるということで、タルシアでは乗り合いのホルク車を使うことにした。

 工業製品は大きな帆船で運ばれます。ミルン側からの食糧も同じです。その船がついでにアンジェルにもよります。


 つまり、船乗りという職業もあるのだ。ただアンジェルにはいないらしい。

「まったく?」

「ミルンにもいませんよ、船員の学校がタルシアにしかないんです」

「アンジェルからその学校に行った人は?」

「何人かはいるんじゃないですか」


「リン様、僕その船乗りとかになれませんか」

「試験はむずかしいらしいけど、今から勉強すればなれるかもしれない」

 ポクルの質問にジェネが答えた。

「勉強? どれくらいの」

「船員は初等教育で受けられるはずですけど。あとは頑張りしだいですね」


「お母さまが許せば、私は反対しません、むしろ応援したいかな」

 ポクルの顔が輝いた。

「そのうち船頭になって、うちのお酒とか穀物を運んでね」

 おもいつきだけど、出来ればいいなと思う。今の生活が悪いのではなく、子供たちがやりたいことができるような国にしてみたいとリンは思う。


 船を渡ったとたんに、兵士が整列をした。ラッパが鳴る。

「ようこそ、アンジェル国女王陛下」

 一瞬、ゲッと思った。どうしてばれてる、お忍びのはずなのに。

「ジェネ親衛隊大佐、久しぶり」

「レグスか」


「リン様、彼はタルシア大統領警護隊のレグス大佐」

「レグス、どうして我々のことを」

「お前、自分が有名人なのを知らないのか、お前が警護について、歩きまわっている女性となればわからない方がおかしい」


 ある意味宗教国家であるアンジェルとは異なり、ミルンは議会制民主主義、タルシアは大統領制らしい。


「陛下、大統領閣下夫妻が官邸でお待ちかねです」

「仕方ないですね、シロイチ、モモ、カスルたちを頼む。私たちは官邸に行かざるをえなくなった」


「帰りは、またここで?それともクルム様のところで?」

「ああ、君たちは部下に街を案内させよう、なに、大統領閣下もわかっておられる、挨拶だけだ」

 レグス大佐が言った。


「そういえば、酒魔を亭主にしたそうだね」

「な、なぜそれを」

「だから言っっただろう、お前は有名人だと、うわさは早いぞ」

 リンはジェネが赤くなるのを初めて見た。


「レグス大佐、大統領閣下はお怒りではないか? こっそり視察のようなことをして」

「いえ、陛下が、堅苦しいことが嫌いな方というのはこちらに聞こえております。むしろ我が国に面倒をかけたくないということ、わかっております」


「ならば、少しは安心した」

「それと、これは秘密ですが、アンジェル国王陛下から、大統領に親書が届いております」


「国王陛下から? 我々のことを?」

「はい、おそらくミルンにも、自由にさせていただければありがたいと」

 リゲルはどうせばれると思って、手を打ってくれていたのだ。


「それでも大統領夫人がぜひお会いしたいと申されまして、お迎えに上がった次第です」

 タルシアは豊かな国らしい、大統領の官邸はリンの住む館の数倍の規模があった。

「これだけ大きな国なのにアンジェルと対等の立場で外交を結ぶのはなぜ?」

「アンジェルに手を出すということは、魔王しいて言えば神に反乱を起こすということだからです」

 アンジェルというのはそういう特別な国らしい、リンはどうもまだ自分の立場が理解できていない。


 玄関先に立つ大統領夫妻は、思った以上に若い、せいぜい四十ぐらいにしか見えない。リンに合わせて、平服で出迎えてくれていた。

 リゲルとレグスがホルクから降り片膝をついた。

「ようこそ、アンジェル女王陛下」

 大統領の声はそれだけで大抵の女性は晴れてしまいそうな柔らかい低音だった。

「アンジェル女王になりましたリンと申します。お初にお目にかかります」

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