第30話 作家

「お呼びだてして申し訳ありません、リンと言います。この家は知り合いの家です」

 リンの目の前には、十代半ばと思われる女性が緊張して座っている。

 それはそうだろう、急にミルンでも名の知れた政治家から呼び出されたのだ。


「単刀直入に言います、あなた氷川先生ですよね」

 話は昨日にさかのぼる、パンには本屋があるということで、モモを連れて行ってみたのだ。

 市場にはみんなで言ったのだが、それぞれに行きたい店が違った。モモが本を探すというので興味を持ったのだ。

 ちなみに、なぜかリンはアンジェル、ミルン、タルシアで共通の文字を読むことができた。

 神様が面倒な部分をパスできるように、スキルを埋め込んでおいてくれたに違いない。


 そこで、地球で昔読んだタイトルの本を見つけたのだ。

 面白い偶然と思って、手に取ってページを追った。デジャブが起きたと思った。話の先がわかるのだ。

 その作者は若くして亡くなっていた。そのため本来あるはずだった話の続きは発行されることはなかった。


 その話、タイトルは『海がきらめく』という。そのきちんとした続編も横に並んでいた。

 リンは手が震えた。自分がローティーンだった時に好きだった話、絶対に読めないだろうと思った話の続きが読めたのだ。しかも異世界で。


 作者は「サエ」、間違いないと思った。会いたいと思った。

 どうすれば、それで閃いたのがクルムの実家に頼ることだった。

 幸いクルムの御父上は、二つ返事で承知してくれた。


 そして今、リンはサエとこうして対面することができた。

「どうして夢の中の私の名前を」

「夢の中?」

 サエは硬い表情で頷いた。


「私の話、聞いてくださいますか」

 サエの家はパンの街のはずれにあった。あったというのは今はないかららしい。

 父親は、大工、母親は縫子という典型的な職人の家だった。

 金持ちという訳でもないが、貧しいという訳でもなく一人っ子のサエは幸せな子供時代を送った。


 それが、四年ほど前の洪水によって、両親は帰らぬ人になった。もちろん魔の仕業だった。

 サエが十四になったばかりの時のことだ。彼女は国の保護を受け、中等教育を終えたが、その先はひとりで暮らさなければならなかった。


 そんな時に、夢でどこか知らない世界で文章を書いている自分を見た。

 だけではない、その日から『お話』が思いつくようになった。

 それを、まとめたものを試しに版元に送ったら、出版が決まり、本屋に並ぶことになった。

 いまだに、本職は母親と同じ縫子だけれど、合間を見て『お話』を書いている。


「そのどこか知らない世界って、大きな月があって、穏やかな気候の」

 リンは氷川先生の育った北海道、特に学生生活を送った札幌の風景を、知っている限り話した。

 サエの顔に驚きの感情が広がっていく。


「そうです、そんな風景でした、なぜそれを」

 リンは、自分の身分と、ここに来たいきさつを話した。

「アンジェルのお方様」

 慌てて、椅子から降りようとするサエをリンは止めた。


「私、アンジェルの子供のために学校を作りたいんです。先生になってもらえないかな。お給料はあまり払えないけど、住むところと食べるものは保証します。あと、私が作っている田畑も手伝ってもらいたいのですが。もちろん『お話』も書いてもらって構いません」


「私が、先生、ですか」

「ええ、あなたの中はその能力が眠っています」

「初等学校くらいなら何とかなるかもしれませんが……」

「ええ、それで十分です」


 リンは、クルムにサエを連れて帰れるように手配を頼んだ。

 こういう事務仕事は、彼女に任せれば間違いない。

「ああ、もう版元と、お勤め先にはお話しておきました。どちらもサエさんのためにはいいことと、喜んでくれていましたよ」

「え、どうして、私まだ何も話していなかったはずでしょ」

「リン様が何を考えているぐらいわかります、私もサエさんは子供たちの先生にはうってつけだと思います」


「クルムはすごいね、それとも、私が単純なの」

「多分単純なんだと」

「何でシロイチが話を聞いてるのよ」

「クルム様が、新しい仲間を紹介するからと」

 ジュネとモモ、カスルとポクルも一緒に笑っている。


 何となく望む方向に物事は進んでいるような気がして、リンはみんなに感謝した。





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