第28話 クルムの実家は大金持ち?
「お願いがあるんですけど」
リゲルの胸に頭を乗せたリンは、思い切り甘えた声を出した。
二人が横たわる寝台は、昔の宮廷ドラマにあるような天蓋のある豪華なもの、ではなく、普通のベッドだ。
それほど豪華なものではないけれど、大きいのだけは取り柄だ、何をしても横に落ちることはない。
今も、あんなことこんなことを、抜かないまま二回ばかりしたところで、さすがにリゲルもぐったりとしている。
「珍しいね、リンがおねだりなんて」
リゲルはリンの頭をなでなでしながら言った。
「ミルンとタルシアに行ってみたいんです」
「ああ、なんだそんなことか。こんな時のおねだりだから、さぞすごいことかと思っちゃったじゃない」
「ほんとですか、嬉しい。リゲル様だーいすき」
リンはリゲルの上にまたがると、リゲルの唇に唇を重ねた。
やっぱり質のいいベッドは、いくら激しく動いてもきしまないらしい。
正式に話をすると、向こうの国も外交上の儀礼もあって面倒だろう。ということで、お忍びの旅ということになった。リンの旅行に合わせて、クルムにも、ミルンの実家と留学中の子供に会いに行くことを許した。
ホルクに乗れないクルムとお土産のために、リゲルはハルク車を手配してくれた。
恐縮するクルムに、「その代わり、カスルとポクルもつれて行ってやってくれ」とリゲルは命じた。
二人の子供は、生まれたときから小さな村の片隅で、ひっそり暮らしてきた。今後のためにも、外国の姿も見せてやろうということだった。
そのことを知った時にリンは、リゲルは、ほんとに名君だと改めて惚れ直した。
結局、先頭を行くジェネのブルー、リンのファルコン、ホルク車、シロイチとモモの乗るホワイト。結構な行列になってしまった。
あまりにそれでは目立つので、ジェネとリンは先に行くことにした。
リンは村娘の恰好もいいと思ったが、脚が見えるとリゲルに猛反対されてジェネと同じで騎士の姿になっている。
背中に弓と箙、帽子から一つに編んだ髪をのぞかせた姿は、リゲルに、やけに受けた。リンは彼がコスプレ好きなのではと、思い始めている。この旅から帰ったら、制服姿で迫ってみようかな、などと考えたリンは一人で苦笑した。
クルムの家は、ミルンの首都であるパンの郊外にあった。森の中のなかなか大きな屋敷だ。
「クルムはお嬢様なの?」
「ある程度の家柄がなければお館の侍従長にはなれないですよ」
ジェネはさも当然のように言った。
「お館は庶民でもなれるのにね」
まったく、と言いかけてジェネは失礼しましたと頭を下げた。
「いいよ、そんなの気にしてないから」
「それがリン様のいいところです」
と言ってジェネはまた失礼しましたと詫び、笑った。
クルムが、ドアのノッカーを叩くと、なかからメイドらしい女性が顔を出した。
「クルム様、急なお戻りで」
「お母さまとおとうさまは」
「お部屋においでです、この方々は?」
騎士と、村の男女、よく分からない取り合わせだ。メイドが訝しんだのも、わかるような気がする、
「私のおともだちです、粗相のないように応接室にご案内して」
「子供たちは、中庭でお菓子とお茶を、シロイチとモモも」
確かにこれからの時間は、子供たちにはつまらないし、無用のコンプレックスと緊張を強いることになるかもしれない。
「シロイチ、モモ,ふたりを頼むね」
ホルクを厩につなぐと、リンたちはメイドの案内で応接室に向かった。
「お館より大きそうな気がしますね」
モモが目を丸くしている。
確かに個人の家としては、考えられない広さだ。
「あんたたち、クルム様の手下の人? クルム様お優しいから仕事しやすいでしょう」
「そうね、よくしていただいているわ」
リンの正体をばらそうとしたジェネを止めると、メイドに向けて微笑んだ。
「あれ、女性の騎士様、かっこいいなあ。こっちの方とカップルですか」
ジェネは自分も女だと言いかけてやめた、シロイチとモモが笑いをかみしめている。
「リン様、私の父母と兄です。今のこの家の当主です」
クルムと家のものが床に片膝をついて出迎えるのを見てメイドが慌てた。今の言葉でリンの正体に気が付いたのだ。
「あ、あの、アンジェルのお方様。失礼しました、知らぬこととはいえお許しください」
メイドが床に這いつくばった。
「やめて、顔をあげて、皆様もどうぞ普通に」
これじゃまるで水戸黄門だ、リンは改めて自分の立場に驚いた。
「みんな、堅苦しいことはやめて、席について。リン様は仰々しいのがお嫌いなの」
「ジェムもほら」
ジェムというのはメイドらしい。
「すいません驚かしてしまって。リンです、いつもクルムには助けていただいています」
室内の緊張した空気がリンの笑顔でほんのすこし和らいだ。
「おかあさま、急なお戻りで」
扉があき、男の子と女の子が飛び込んでくるとユニゾンで叫んだ
「ゼン、サリ、元気だった」
「リン様、息子と娘です」
「お初にお目にかかります、リン様」
さすがにクルムの子供だ、一瞬でリンの正体を理解している。そしてまだ十代の初めぐらいだろうに、躾が行き届いていた。
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