第25話 あばら家の家族

 民は圧倒的に今の生活を望んだ。個々の暮らしが嫌ならば、他国に行けばいいだけのこと、みんなこの国の今の暮らしが好きということらしい。

 となれば、どんな理由であっても、民を米の栽培に駆り出すことはできなさそうだ。

 領主の妻という立場で押し切ればどうとでもなるだろうが、それでは本来リンが願った民の幸せとは真逆になってしまう。


 米は、リンとシロイチとモモだけで、きちんと管理できるだけの量にすることにした。その中で、お酒と煎餅と大福もちを作り、お祭りなどでばらまく、それがみんなのためになる。リンはそう判断した。

「君がそれでいいなら、私は反対しないよ」

 リゲルは笑って承諾してくれた。


 でも残りの分はどうしよう、せっかくベガ様が下さったのに。さらに大きな湖は埋め戻すこともできそうにない。

 私が思いつきで願ったりしたから、みんなに迷惑をかけてしまった。

 周りの人々は慰めてくれたものの、リンは申し訳なさで落ち込んでいた。


「リン様、今日の昼から少し私とお付き合い願えませんか」

 ベテルが、珍しくリンのもとに来たのは、シロイチやモモと酒造りに関してああだこうだと言っていた四月のある日だった。


 ちなみにここの暦は地球と異なり、衛星である月が二個あるからか、六十日で一か月だ。公転周期が三百六十日ということで六か月できっちり元に戻る。つまり四月は真夏ということになる。


「え、いいけれど、珍しいですね、ベテルからデートのお誘いとは」

 リンは冗談を言った。そうでなければベテルに見つめられると照れてしまうからだ。心の中に恋人を住ませている魔族。それを知ってもやはりイケメンは迫力がある。


「そういうわけではありません、お方様に懸想などすれば、この身はアンタルによって内部から切り裂かれます」

「ごめん、冗談」

 ベテルは堅物だ、彼が笑った顔はほとんど、いや違う、ここにきて一度も見たことがないとリンは思い立った。

「シロイチとモモも同行させてください、彼らにもかかわる話なので」


 ベテルがホルクを駆けさせる、気を付けてくれてはいるようだが、速い。つい引き離されそうになる、ファルコンのせいではなくリンの腕のせいだ。

 まあ、向こうは歴戦の勇士、当たり前といえばそれまでだ。


 国外れの村のまたその外れに、目的地らしいあばら家があった。

「すまないが、邪魔をする」

 ベテルの声に、年老いた女性が顔を見せた。

「これは、ベテル様また何か私どもが」


 彼女は怯えたような、怒りのような不思議な表情を見せた。民はもちろんベテルの正体を知っている、それがための表情だろうとリンは理解した。

「おぬしたち、祭りに来なかったろう。紹介するご領主様の奥方であらせられる」

 女性は目を見張り、そして弾かれた様に片膝をついた。よく見るとそれほどの年齢ではない、せいぜい三十過ぎだろう、ただ生活に疲れているように見えた。


「子供たちは」

 その声が聞こえたのだろう、女の子と男の子の姉弟が出てきた。

「姉がカスル、弟がポクル」

 姉弟そろって十代初めくらいか、すこしおびえた表情が気になる。

「リンです、よろしく」

 姉と弟もあわてて母親と同じように片膝をついた。


 シロイチ、モモ、ふたりとそこらで時間を通してきてくれ、これは菓子だ。

 ベテルがホルクに結わえたバッグから竹を編んだ籠を取り出した。

 シロイチとモモはベテルに頭を下げると、子供たちと連れ立って歩きだした。


「この者はリルラ、ご亭主は私が律にのっとり首を刎ねました」

 リルラは悲しみと怒りと絶望のない混じった表情を見せた。

 リンは、まるでハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


「首を刎ねた? それは魔のころの話?」

 そんなわけがないことをリンは悟っている、それならば、リルラはいくつだということになる。それともリルラも魔なのか?


「私の亭主が、人を殺したからです」

 リルラが泣き崩れた。



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