第20話 ベガ様

「ベガ様だけ一人って言うのも、なにかお可哀そう」

「別に誰もここから追い出したりはしてないんだよ」

「魔王とそうなったから、神域にはって自らこの屋敷を出られたんだ」

 ご自分の意志でということなのか、そうなるとリンが思っていたのとは違うことになる。


「そりゃ、巫女には戻れないだろうけど、この館に住むのは自由だよ」

 なら、お呼びすれば、とリンは思った。

「いやあ、お越しにならないだろうなあ、いつ行っても一人暮らしを楽しんでられるから、気になるならリンが行って差し上げればいい」


 ということで、リンはベガの館に向かっていた。自分でも遊んでばかりだという気もするが、建前は、コメの作り方を習うということになっている。

 一行はいつものシロイチ、モモ、ジェネ、今回からはそれにバッカスがくっついてきた。

 一行はそれぞれのホルクを駆けさせている。モモはシロイチの後ろにちょこんと横座りで乗っていた。

 リンもすっかりファルコンになれたこともあって、山の麓まではあっという間だった。


「何か雰囲気が変わってませんか」

「確かに。庭の花も枯れてます、何十年もほったらかしのような」


 ベガの住まいは、荒れ果てていた。そんな馬鹿な話はないはずだ。

「ベガ様、リンです。いらっしゃいませんか」

 呼んでも誰も現れない。この前訪れたのは、ほんの二週間ほど前のことだ。

 この荒れ果てようは納得がいかなかった。


「モモ、あんたなんか聞いてる」

「いいえ、全く、私はもともとリン様をお助けするために作られ、育てられましたから、それ以外のことは」


「ジェネ、シロイチ何か」

 二人も首を横に振った、何が何だかわからないという顔をしている。

「リン様、よろしいですか」

 バッカスが、口を開いた。


「ここは止まっていた時間が、一気に動いた匂いがします。時は動きに合わせ匂いが発せられます」

 確かにそのような雰囲気はあった。


「リン様、あれを」

 屋敷の大広間があったあたりに小さな建物がしつらえられていた。

 入り口にはハート形の錠が掛けられている。

 ジェネが駆け寄ったが何かの力ではねとばされた。結界が張られているようだ。


「リン様、弓が光っています」

 シロイチの言葉に弓を手に取ると、ハート形の錠が呼応するように輝き始めた。

「つまりは、射ろってことね」

 リンはえびらから矢をとると弓につがえ、弦を引き絞るとひょうと放った。


『かーん』という金属音とともに矢は錠にあたり、入り口が開く。

 同時に周囲が一変した。見晴るかす彼方まで、水田が現れたのだ。

「リン、この水田をあなたに差し上げます。この小屋の中に、これからあなたがこの国で農業を起こすのに必要なものすべてが、知識とともにつまっています。頑張りなさい」

 ベガの声がした。


「ベガ様、どこにいらっしゃるのですか」

「私は魔王とともに暮らします、あの人の苦労を背負う覚悟ができました。この国の将来は貴方とリゲルに託します。魔王は魔王の定めとしてあなた方と争うこともあるでしょう、その時は遠慮なく戦いなさい」



「それは、ベガ様とも戦うということでしょうか。そんなことはできません」

「それが、我々のさだめ。ただ、困ったときはいつでも私を呼びなさい、必ずや助けに参ります」


「ベガ様」

 リンの叫びは、水田を渡る風に乗った。


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