第19話 そんなことが
周囲に知られることなく、二人の仲は深く親密さを増していった。
ただ、お互いの素性を話すことはなかったという。ベテルは魔であり人間であるアンタスにそのことを告げるわけはもとよりなかった。
アンタスも領主に仕える親衛隊の将校として、迂闊に一般人に身分をさらすのをためらったのだろう。
何事もなければそれでよかった、ただ彼らを取り巻く環境は、それを許さなかった。
魔王はアンジェル領内への侵攻を命じ。、その最先鋒を担っうことになったのがベテルだった。
お互い戦うべき相手が想い人と気づかぬままに、それぞれの部下を率い激戦を繰り広げた。
アンタルの奮戦に業を煮やしたベテルは、一対一の決闘でけりをつけることを申し入れ、アンタルはそれを受けた。
ホルクにまたがり突進した二人が、お互いの素性を知ったのは、刃を交わしたまさにその時だった。
「アンタル」
「ベテルか」
二人は運命を呪ったに違いなかった。
ともに背負っているものがある。
全力で戦う以外、二人に道はなかった。
ベテルは魔力を封じ、剣だけで決着をつけることを決め、それはアンタルにも通じた。
幾度となく交わる刃。二人はそれを楽しんでもいたように見えた。
悲劇は突然訪れた。裂ぱくの気合とともに振り下ろされたリゲルの剣を受けとめたアンタルの剣が、真っ二つに折れたのだ。
血しぶきが上がり、肩口から腰までリゲルの剣はアンタルの体を裂いた。
「アンタル」
ホルクから飛び降りたベテルはアンタルを抱きかかえた。
「ベテル、この国を、ご領主を、守ってくれ」
アンタルの最後の言葉だった。
「アンタル」
ベテルの絶叫が響く。
ベテルはアンタルの唇に唇を重ねた。
今しも抜け出そうとするアンタルの魂を、自らの体内とどめたのだ。
ベテルの燃えるような赤い髪が、一瞬にしてアンタルと同じ緑になった。
魔からも、親衛隊からも、見守るものすべてからどよめきが興った、
「と、いう話だ、私も祖父から聞いたのだが」
リゲルの話を聞き終わり、リンは自分の目から、涙が零れ落ちていることに気が付いた。
ベテルは魔王に対し、未来永劫魔力を封じることを条件に、アンジェルの守りにつくことを願い出た。
魔王は、領主、つまりリゲルの祖父の前でベテルの願いを許した。
「幼かった叔母上は、その時の魔王のカッコよさに惚れたらしい」
苦笑しながら、リゲルはあえてその話を付け足してくれた。それが二人のなれそめか、ベガ様らしい話だとリンは思った。
魔王はベテルの全ての魔力を封じることはしなかった。
それをもって彼は精霊たちを集め、新たな親衛隊を編成した。
自分たちのような悲劇は、二度と起こしたくないと思ったのかもしれない。
「でも、リゲルのお父様やお母さま、アンジェルでも魔との戦いで亡くなった方がいらっしゃるんでしょう?」
以前、村の娘マイの祖父が、技術の継承が途絶えた理由に、魔との戦いをあげていたはずだ。
「魔との戦いという訳ではなく、はねっかえりがちょっかいを出してくることがある。それに巻き込まれることがあるんだ」
「私たちの結婚式の時のように?」
リゲルは頷いた。
「ベテルとともに戦うことをお許しください。私がこの国と民を守ります。」
リンは、それも自分が神に選ばれた理由の一つに思えたのだった。
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