第9話 畑に

 このところリンは、領内をあちこち見るために外出している。お供はシロイチとジェネだ。

 歩きでも、ホルク車でもなく、ホルクその生き物に鞍を置いてまたがっている。

 ホルクは、馬鹿と凛が呼んでいた動物で、馬に鹿の角がついているものを想像するとほぼ当たっている。


 リゲルに聞いたら、ホルクというんだと教えてくれた。

「リン様、お上手ですね、元の世界でも乗ってられたんですか?」

 ジェネが最初に領内視察に出た日に言ってくれた。それもそのはずで、リンがまたがっているホルクは気性の荒いことで有名で、館のだれもが乗りこなせなかったものなのだ。


 確かに自分でも不思議だったが、リンが近づくと、そのホルクはまるで凛に乗ってくれというように、ひざを折ったのだ。

 急いで鞍と手綱をつけ、リンがまたがると、ホルクは一声ケーンと鳴いた。

「ファルコン、歩こうか」

 なにもかんがえずファルコンと呼びかけた、好きだった話からとった名前だ。

 ファルコンは、リンの望むとおりに歩いた。そのまま早歩き、そして駆け出した。


「すごいね、リンは。どうしてそんなに何でも」

 リゲルが驚きそして感心してくれた。

「わかりません、きっと神様が選んだ以上何もできなきゃ困ると思われたのかも」

「そうかもしれないね」

 リゲルは素直だ、冗談も真に受けてしまう。


 ということがあって、リンはファルコンで領内を回っている。

 背中には弓、鞍の前には矢の入ったえびらを付けている。どう見ても領主夫人には見えないだろう。


 目の前に色づいた小麦畑が広がっている。前にリゲルと一緒に領内を回った時から気になっていた場所だ。

 農家生まれ農学部出身のリンには、二ヘクタールほどのその畑が、いかにいい出来かがわかった。


 周りの畑に比べて、丈も色も別格だ。

 つくっている人に会ってみたい、そう思った時、麦畑から少女が一人顔を出した。多分草取りか何かの作業をしていたのだろう。

「あなたたちはどなたですか? うちの畑に何か御用でも」

 まだ十代前半だろう、あどけないj顔の少女に凛は見覚えがあった。アルたちと一緒にいたはずだ。


 シロイチが降りてきてリンの肩にとまったとたんに、少女はリンが何者か気が付いたらしい。慌てて帽子を取り跪こうとした。

「そのままで」

 少女は戸惑い動きが停まった。

「いいのよ硬くならなくて、ちょっとあなたとお話がしたいだけ」

「はい、なんでしょうか」

 時代劇などでは、お殿様に庶民がじかに話すことなどできないというシーンがあるが、ここではそこまでのしきたりはないらしく、少女は緊張しながらも答えてくれた。


「まずあなたのお名前、教えてくれる」

「マミです」

「マミさん、いい名前ね、この麦はあなたが作っているの?」

「あ、はい、おじいちゃんとお母さんと」

「お父さんは」

「ミルンに出稼ぎに」


「おそらく麦では食べていけないので」

 ジェネがリンの疑問を先回りして答えた。頭のいい人だ。

 この麦をつくっても、食べていけないのか、リンはちょっと悲しくなった。

「今、草取りしてたよね、一人でやってるの?」

「はい、ほかに誰もいませんから」

 この前は、葡萄の摘み取りに駆り出されていた、それに自分の家の畑、学校なんて行っている暇はないだろうと思う。


「シロイチ、ちょっとマミちゃんのおうちに行ってくるから、その間、草取りしていて」

「え、俺が、いやだなあ、俺、手がないんですよ、無理です」

「くちばしがあるでしょ、魔法も少しは使えるでしょ、つべこべ言わずにやりなさい。まさか嫌だとは言わないよね。あ、麦食べたらお仕置きだからね」

 シロイチはぶつぶつ言いながら、麦畑の中に入っていった。


 リンは、必死で辞退するマイをファルコンに抱きあげると、彼女の家に向かって、ファルコンを進ませた。






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