第8話 やる気が出た

「ね、クルムさんは、ずっとお館に勤めてるの?」

 彼女はリンの侍女兼教育係、ということはわかる。でも年齢はせいぜい十歳上ぐらいだろう。まだ十分若いが落ち着いている。

「ご家族は?」

「私のことなんかに興味がおありなんですか」

 クルムは、とても不思議なことを聞かれたという表情を見せた。


「ご領主の一族は下々のことなど気になさってはいけません」

「どうして、大体、下々ってなに、それを言うなら私だって下々でしょ」

「まさか、お方様は神に選ばれた存在、それだけで我々とは」

「神に? 私は猫に選ばれたんだよ。それは冗談としても、そんな大層なものじゃないでしょ」


「いいえ、現に神の弓をお使いになります」

 そうなのだ。話によると、あの弓は誰があそこに備えたものなのか。

 今だかつて、だれも手を触れることができなかったらしい。

 それをリンがつかみとり、魔を射た。それだけでリンは民にお方様として認められたと言える。

 それだからといって、リンは自分が支配者になったとは思えないし思わない。


「私は、皆さんの上に君臨するものではなく、皆さんとともに魔を払うもの、そう思うことにします。 だからクルムさんのこと、まず一番近くで信頼できる人としていろいろ知りたいのです。もちろんジェネも同じです」


 仕方がないというかをでクルムは話をしだした。

「私はここから東のミルンという国の出身です。ミルンは大きな国で、農業も物づくりも盛んな国です」

 村娘のアルがミルンという言葉を口にしていたのを思い出した。案外、人の交流は多いらしい。

「そこで、学校を出て仕事先を探してたら、この国で侍女を募集してたので」

 意外、就職だったんだ。もっと世襲とかだと思っていた。


「えーっと、聞いていいかな、セクハラかな」

「セクハラってなんですか? よく分かりませんが、どうぞなんでも」

 セクハラって言葉がないのか、後でリゲルに聞いてみよう。

「彼氏、とかご主人は」


「え、言ってませんでしたか。グルミン、私の主人ですけど」

 眩暈がした。グルミンとはクマのような、もちろん人だが、軍の将軍だった。

 クルムとはまさしく美女と野獣だ。

「そ、そうなんだ。あ、じゃ、お子さんは」

「私の国ミルンで学校に行っています。この国には学校がまったく、ないので」


 改めて驚いた、少ないとは言っても一万の人がいるのだ。民は全く学校に行っていないのか、あのアルたちも。

「読み書きはその村々で年寄が、基本的なことぐらいは、あと、私のようにミルンやタルシアに」

 タルシアもアルのはなしに出てきたところだ。

「タルシアはきれいな国で、文化が進んでいます」

 ちょっと悲しくなった、自分の国が貧しいのはいい、だけどせめて。


「学校をつくりましょう、先生も雇いましょう。せめて小学校」

「それはいいことだと思います、でも」

「お金?」

 クルムはつらそうに頷いた。


「おいしいお菓子も作って、売って。つくります、学校。いいわ、リゲルに頼む。先生は、私とあなた。本も買います」

「ジュネにもベテルにも手伝ってもらいます」

 ベテルとは、親衛隊の男性将校だ。ジュネといい仲なのかどうかはまだ聞いていない。

 さあ、やるぞ、リンは何となく楽しくなってきた。






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