第5話 結婚式

 結婚式の当日が来た。

 朝から凛は落ち着かない時間を過ごしている。

 式があり、披露宴があり、初夜を迎える。ぼんやりそんなことを考えていたのが、今朝クルムの一言ですべてひっくり返ったのだ。


 朝から入念に体を清めてください、そう言われて、朝から? と聞いた凛にクルムはいった。

「はい、神前で交接することになりますから」

 交接、クルムは堅苦しく行ったけど、それはつまり。

「ええ、神殿でリゲル様と」


 ちょっとまって、最初にやっちゃうの、聞いてない、そんな。

 お酒とか飲んで、ほんのりして、ムードを高めて、そんなことを凛は思っていたのに。


 それが、この国の、領主となるものの結婚式だと言われた。

「ええ、民の式は、凛さまのおっしゃるようなものですけど、凛さまは違います」

 いやまあ、そりゃ順番が違っても、とも思うけれど。

「まさかみんなが見ている前で、じゃあないですよね」

「当たり前です」


 よかった、そんなことになったら恥ずかしくて死んでしまう。

「立ち合いは私とジェネだけです」

 そっかクルムと親衛隊女性将校のジェネだけか、って、待って。

「見られながらするの」

 凛は本気で泣きだしそうになった。


「いいえ、別室で音だけです」

 それでも嫌だ、といったけれど、大奥でもそうだったとか聞いた覚えがある、偉い人のエッチとはそういうものなのか。

「あの、いつもですか?」

「式の時だけです」


 というやり取りがあって、凛は今、神殿の中央に述べられた寝具の前に座っている。

 素肌に真っ白なドレス。目の前にはこれも白いガウンのリゲルがかしこまった顔で座っていた。


 神様の前でと言われたが、神様の姿はない。ただ何とも言えない荘厳な雰囲気は凛にも感じ取れた。

「私のもとに来てくれてありがとう。これから大事にするので一緒に歩んでください」

 リゲルが深々と頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

 凛が顔をあげたとき、彼女はリゲルに抱きしめられた。リゲルの心臓の音が聞こえた。

 カーテンで区切っただけの次室にクルムとジェネがいることも凛は既に忘れていた。



「リゲル様リン様、失礼いたします」

 ことが終わりまどろみの中にいた二人にクルムが声をかけた。

「ご結婚おめでとうございます」

 ジェネの祝いの言葉に、リンは正気に戻った。

 慌てて服をと思ったが、ドレスは離れたところに押しやってある、リゲルの後ろに隠れた。


「こちらをお召しください」

 クルムが手をポンポンと叩くと狸たちが現れ、着替えの手伝いをしてくれた。フランス革命を描いた有名漫画の中で見るような衣装。

 椅子に座らされると白ウサギがメイクをしてくれた。


「えっと、この動物たちは?」

「領主の家に宿る精霊だよ」

 リゲルがさも当然というように答えた。

 それじゃ、馬鹿車の御者もやっぱり。

「うん、最初から言うと驚くかと思って」

「いや今でも十分驚いていますが」


「リン様、おきれいです」

 ジュネが笑顔で言ってくれた。

 彼女はりりしい美女だ、それだけに凛は照れ臭く、嬉しかった。

「それでは、民たちの前に」


 小さな館のバルコニーに立つと、前庭に集まった多くの人々の歓声が起こった。

「先ほど私は結婚式を挙げることができた。これも皆のおかげだ。妻となったリンを紹介させてくれ」

「リン、皆に声を」

「リンです、これからリゲル様とともに、この国を幸せなところにするよう努力します。よろしくお願いします」


 歓声が沸いた。

「私が焼いたクッキーです、受け取ってください」

 リンはバルコニーからクッキーをまいた。もち撒きみたいだなと思った。

「すべての家に三日の間には届けるので楽しみにしてくれ」

 リゲルの言葉に、また歓声が起こった。


 が、その歓声を打ち消すように雷鳴がとどろくと、今まで青かった空が俄かに黒雲に覆われ始めた。

「親衛隊、出でよ、リゲル様とリン様をお守りしろ」

 ジェネの声が響いた。

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