第3話 私でいいのか

「あれは、葡萄?」

 丘陵一杯に、何かの木が植えられている、その中に見慣れた樹があった。

「うん、私の家の直轄の畑、今年はちょっとした手違いで収穫が遅れたから、もうがっかり」

「見せていただけますか」


 狸は、馬鹿車を畑の入り口につけた。

「何か、何かカビにやられたみたいで、干しブドウみたいになってるんだ、捨てさそうとしてるんだけど、それも遅れてて」

 カビ? 干し葡萄、ちょっと待って、それって。

「まって、捨てさせないで、もしかすると」


 凛は、葡萄の木に駆け寄った。

「リゲル、だめ捨てちゃ、これ貴腐葡萄だよ」

「貴腐葡萄? 何それ」

「めちゃくちゃおいしいワインができる」

「ワイン?」


「え、この国にワインはないの? もしかしてお酒はご法度? そんなの嫌だ」

「お酒、あるよ。でもうちの国じゃ作れないから、よその国から輸入してる。高くて、あまりは飲めないんだ、うちの国は貧乏だから。それでも今度の結婚式には少し出すよ」

 これから結構しようという相手に貧しいことを見栄を張らずに言う、その誠実さが凛には好ましかった。声と性格、この人には、とりあえずいいところが二つはある。

「この葡萄はどうするの?」

「ジュースとジャムと、食べる」



「お酒、ワイン作りましょ」

「凛は作れるの?」

「はい、うちは小さな酒蔵で、私、農業高校から大学の農学部酒造学科に行ったんです」

 リゲルは、どこまで理解してくれたかはわからないけれど、言いたいことは伝わったみたいだ。

「私たちの領地で飲みましょ、よそにも売りましょ」

 つい私たちと言ってしまって、凛は赤くなった。リゲルの妻になるのを認めてしまっていることに気が付いたからだ。

「とくにこの干し葡萄みたいなやつ、収穫させてください、もし捨ててたら全部拾わせてください」


「たる職人いますか? あと大工さん」

「いるけど、どうするの」

「酒蔵つくります。あと、今まで見せていただいた畑、どこもきれいですよね、領民の皆さん丁寧に仕事なさっているようですから、私の知識が役立てられるかなっと思うんです」


「凛って、そういう人なんだ」

「え、働いちゃだめですか? 侍女に傅かれたお館にいるだけの生活なんですか、そうですよね、お姫様なんですね」

 領主の奥さまは憧れだ、でもここで私は何をして時間をつぶすのか。


「いや、私は構わない、その、いやいい」

「え、なんですか、気になります」

「私と一緒に朝をいつも迎えてくれれば」

 照れながらリゲルが言う。


 朝を一緒に、何を言われたか気づいた凛は耳まで真っ赤になった。二十五になった今まで人生で言われたことがない言葉だった。

「その、えーっと、リゲルは私でいいの? 顔も美人じゃないし、おっぱいが大きいわけでもないし、頭も、性格も悪くはない、ぐらいなのに」


「神様とタムの選んだ人だから、それに今話していて、一緒に君と行きたいと思った」

「リゲルは今まで恋は?」

「ない、というより妻候補になりうる女性と話したことがない」

「あの、側室とかは」

「側室? 何それ」

「奥さん以外の、性欲と世継ぎのための相手」


 リゲルは本気で驚いた顔をした。

「神様がお許しにならないよ」

 確かに、全宇宙を探して見つけたとなると、ちっと待って私がそれほど大層なものか。凛は急に気おくれがした。

「幸せにするから」

 それでもリゲルの優しい声に、凛はつい頷いていた。

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