8-2



 カオリ達と分かれてから数時間、僕は家々を見回った。

 生きている人を何人か連れて森へ隠れる。街路が近い森の中はほとんど魔物がいないため、姿を隠すだけなら問題ない。

 逃げてきた人たちにもこの話をしておいて、数回僕は避難民を森へ隠した。


 すべての家々を回り終わると、僕はカオリを呼んで引き上げることにした。

 既に辺りは暗くなり始めている。


 カオリには先に僕らの家に行ってもらい馬車の手配をお願いした。

 その間僕は、避難民の人たちの行くあてを考えた。といっても、僕はまだルイの町しかわからない。

 ただセドの町と近いから、魔物がそちらにも行っている可能性が高い。


 それならばと、僕は近くに町がないかを避難民の人たちに聞いてみた。

 すると、少し遠いけどサドルという町があるらしい。


 そこはセドの町よりも大きく、第二の王都とも呼ばれているそうだ。

 それほどの大きさの町なら常駐している兵もいるだろう。もしかしたら他の町民も皆そこに向かっているかもしれない。


 カオリが馬車を持ってくると、避難民達を乗せ、セドを迂回しサドルという町を目指すことにした。

 っと、出発しようとした矢先、森のほうでガサリと音がした。


 僕はカオリ達に先に出発するように促す。

 カオリは、少し離れたら速度を落としてゆっくり進むから、と言って馬を走らせた。


 僕は返事をしないまま音がしたほうを見てみる。

 探索には敵ではないように見える。もしかしたら僕が見逃した避難民の残りかもしれない。

 僕は慎重にゆっくりと様子を伺った。


 すると、少女が一人倒れている。見逃した避難民のようだ。僕はあわてて彼女の元へ近寄った。



「大丈夫!?」



 僕が声をかけると少女は、うっと一言口から漏らした。

 うつぶせの状態を仰向けにさせて外傷がないか確認する。が、特に怪我をした様子はない。


 っとそのときフェアリーが興奮気味で話しかけた。



「ご、ご主人!! そいつ、魔族ですよ!?」

「まぞく?」

「そ、そうです!! 魔王の手下ですよ!!」



 つまりは敵だということらしい。

 このまま息の根を止めれば簡単に殺せる。だけど、僕は少し疑問に思った。魔族ならどうしてここに倒れているんだろうと。


 可能性としては、魔法の使いすぎだろう。

 ただそうだとして、どうして魔物達と一緒にいないんだろう。


 辺りを見回してもやはり魔物は一匹もいない。というかセドの街にすら、既に一匹も魔物はいなかった。

 さらに言えば、見え隠れしていた腕や足が異様に細い。すぐに折れそうなほど。とても見る限りは戦いには向かない。


 僕は耳元で、危険危険と騒ぐフェアリーの口に指で蓋をした。

 そして少女には悪いけど、ロープで木にくくりつけることにした。そして少女に起きるよう体を揺すった。



「ぅ……ん?」

「気がついた?」

「ぇ……」



 少女は僕の顔を見ると血相をかえ、あたりを見回す。

 自分がロープで縛られていることを理解し、僕が人間であることも理解できているようだ。

 僕はナイフを手に、少女が僕らの敵になりうるのかどうか話を聞いた。



「お前はここで何をしていた」

「……! そ、その……」

「言わないと僕は君を殺さないといけない。君は魔族だろう」

「……!」

「で? 何をしていた」

「……」



 僕がしばらく待っても彼女は何も話さなかった。

 僕が話しかけると反応はあったので言葉は通じているはずだ。その上での黙秘。


 殺したほうが言いとフェアリーは未だに言うが、抵抗もしないためさすがに殺しにくい。

 とりあえず反抗があるまでは話を聞き出すことにした。



「何も言わなくて良いの? 君をこのまま人間に渡せば、ただ拷問するだけではすまないほどの苦痛すら待っているのに?」

「びくっ!?」

「まさか、このまま死ねるとは思わないよね?」



 僕が少女の耳元で少し脅すと少女は泣いてしまった。

 やりすぎたかと思うけど、魔族が人間にしていることは許せるものではない。今、町を襲ったことも。



「でも君が何かを話してくれたら、僕は君をこの場で殺してあげる。どうする? 拷問を死ぬまでされるのか、この場ですぐに殺されるか」



 自分でもかなりサイコパスな発言をしていると自覚している。

 でも彼女から何か行動してもらえないと、僕も行動できそうにない。


 というか、このまま進展がなければ僕はカオリ達に追いつくことができない。

 僕のほうもまずい状況だ。ナイフを握る手に汗がにじむ。



「わ、私は……」

「え?」

「わ、私は……何もしてない。逃げてきた」

「……人間から?」

「違う……家から」



 どういうことか理解ができない。

 ただ、少女の体が痩せ細っていることを考えれば、虐待されていたということだろう。


 でもそれも憶測に過ぎない。僕は彼女から家で何があったのか。

 ここまでどうやってきたのか聞き出した。



「家では……ずっと一人で部屋に閉じ込められてた。でも殺されそうになって逃げてきた。魔法使って。追いかけてくる人たちにも魔法で。そんな時魔物の群れが、外に集まっていて、その中に混ざった。それでここまできた。しばらくしたらすぐに離れて、森の中に逃げたけど、魔物に襲われてまた逃げた。それで疲れて、目を覚ましたらこうなってた」



 少女はたどたどしく、話終えるとまた沈黙した。

 憶測も踏まえ彼女の話を聞く限りだと、必要最低限の食事で監禁されていた。

 そして理由はわからないが、殺されそうになったため魔法で逃げ出した。っということだろう。


 つまり、彼女は僕らに何もしていないということになる。

 少女の話を全て信じていいのかどうかはわからない。

 ただこのままの少女を殺すことはあまりに非道だと思う。


 というか魔法が使えるなら今使えばいいのにと思う。が、それをしないというのは多分もうあきらめているのだろう。

 ここまで逃げてきたのに、あきらめるのはおかしいとも思えるけど。


 僕は少し考えて少女に選択肢を与えた。



「君が僕のスキルを受け入れるなら、僕が君の面倒を見よう。殺しはしない」

「え?」

「ご、ご主人!!?」

「でも僕のスキルを受け入れないのならやはり殺すしかない。どうする?」



 フェアリーはびっくりして僕に何度も危険だと、殺すべきだと訴える。

 しかし僕のスキルがあれば裏切られることはないし問題ないはずだ。危険にはなりえない。


 僕はしばらく彼女の反応を待った。が、一向に反応がない。

 死んだほうがマシだと思われている可能性もある。



「僕の仲間になるなら、君の安全も保障するよ」

「……!」

「僕が君に求めるのは、魔物の討伐くらいだ。それ以外は君の自由にしていい。あ、自由って言うのは人間を襲わないって言うルールの上でね。どう?」

「ぁ……」



 少女の口が動いた。まだ一押し足りないか。

 後はお菓子とかあるよ。っと言おうとした矢先フェアリーに止められる。



「ご主人!! 冗談はやめてください!! 相手は魔族なんですよ!!」

「亜人のように人間を食べるものなの? それなら一緒にいるのは無理だけど」

「そ、それはないですけど……」



 フェアリーに言われて思ったけど、魔族って難なんだろ。

 というか今更だけど、人間食べる種族だったら非常に困る。どうなんだろ?



「う、受けます」



 少女に聞こうとしたら退路を防がれた。で、でもさっきフェアリーが人間を食べないって行ってたし大丈夫だろう。

 後でフェアリーに魔族が何なのかを聞くことにして、とりあえず僕は発火用に持ってきていたお酒を出してスキルを使った。

 少女が酒を飲むと、人差し指にはスキルの効果が出ている印が浮かんだ。これで少女に裏切られることはない。


 僕はロープを外して少女にお菓子を渡した。

 食べるように促すと、少女は一口食べた。すると涙を流した。

 一瞬驚いたけど、少女がどんな生活をしていたのか想像がつきそうだ。


 本当ならこのまま僕らの家に向かいたい。でもそれだとカオリがいつまでもサドルの街につけない。

 だから少女が食べ終えるとすぐに背負って、カオリの元に急いで向かった。




 しばらく息を切らしながら走ると馬車が見えた。

 思っていたよりもダイブゆっくり進んでいたようだ。


 僕は森のそばに少女を置いて僕が呼んだら街道に出てきてもらうようにした。

 そしてすぐにまたカオリの元に走っていった。


 カオリと顔を合わせると心配していたのか、いつもより表情が和らいだような顔をしていた。

 僕はカオリに耳打ちして、予定通りサドルの街へすぐに向かってもらうよう頼んだ。

 一方で僕は、少女を僕らの家に連れて行くとして一人馬車を離れることにした。




 馬車をしばらく見送ると、僕は森のほうへ、おーいと声をかけた。しばらく街道を歩きながら、森に声をかけ続けると少女が現れた。

 今叫んでいてふと思ったけど、名前で呼べないというのは不便だった。なので少女に名前を聞いてみた。すると、名前はマオと言うそうだ。

 僕はマオを連れて家に向かった。


 家に着くと水浴びさせて、僕の服に着替えてもらった。

 カオリから服を数着もらっていて助かった。でも、マオが来ていても違和感がないのはどういうことなんだろう?


 着替えが終わると、少しだけお菓子を食べて待つようにしてもらった。

 僕もカオリが戻ってくる前に、ご飯を作らなければいけない。昼を抜いての救出だったしお腹もすいているだろう。


 もしかしたらサドルの街で食べてくるかもしれないけど、念のためだ。

 僕が料理をしている間、マオが眠そうにしていたので椅子にそのまま寝せた。


 マオが寝ているしちょうどいいと思い、先ほどフェアリーに聞こうとした魔族のことを聞いてみた。



「フェアリー、魔族ってなんなの? 亜人とは違うんだよね?」

「はい。亜人はただ、人間を食べるか食べないかで区別しているだけなので。逆に亜人は魔族とも関係ないです」

「じゃあ魔族って?」

「魔族は……魔王の直系って意味なんです」

「……!?」



 これには僕は驚いた。驚いたどころかやってしまった感がぬぐえない。手に汗すらかいてきた。

 つまりは、カオリはマオとどう考えても敵対関係ってことになる。

 だから先ほどフェアリーは血相を変えたように、危険と訴えていたのだろう。



「……。で? 魔族はそういう意味ってだけなの?」

「だけって、ご主人意味わかってます?」

「わかってるよ。でも現状、マオは魔族から、魔王から逃げてきたってことになるよね?」

「わかってないですよ。だって魔王というのは、名前や役職って意味じゃないんですよ」

「どういうこと?」

「魔王はその力を継承するんです。しかも、その一族に」



 これはまずいどころの話じゃない。

 カオリと敵対どころか、因縁の相手になってしまう。

 何もわからなかったとはいえ、これは非常に悪手としかいえない。


 僕は料理する手を止めて自室に一度戻った。

 そしてフェアリーに僕が思っていることを聞いてみた。



「さっきの継承する話なんだけど、マオは知ってるの?」

「知らないと思います。継承はあくまで今代の魔王が失脚というか、死んだ場合にのみ発生するので。死ぬまで知らない魔族もいることもあります」

「なるほど。じゃあマオがここにいるのは……人間側に勇者がいても、もう立場は揺るがないと判断した魔王が、マオを殺そうと考えたのか」

「そうですね。人間の勢力図はかなり弱くなりました。同属殺しにはなりますが、そうしないと逆に命を狙われかねませんからね。魔王は」



 フェアリーのいう、人間の勢力図がこれほど危機的なものだとは全く想像していなかった。

 というのも今まで、のほほんとレベル上げとかできていたし。僕らが訪れた村を魔物が襲うなんてこともなかった。


 だから言ってしまえば、僕らとは違う地域の紛争なんだろうな、くらいにしか思ってなかった。

 でもこれだけの侵攻があって、人間達は同盟とか組んでいないのだろうか? どう考えても国レベルでどうにかなるものでもない。


 なのにセドの町には兵の数が……今にして思えば少ないように感じる。

 人間の生活圏がなくなりつつあるのにもかかわらず。


 他の人も僕らと同じで、他の国の問題くらいにしか考えていないのだろうか?


 僕は今、マオのこととのダブルパンチ状態で、今後どうするべきか悩んでいる。

 と言っても少し頭をよぎっているものがある。それは現在の魔王を倒すことだ。


 ただ頭によぎったとしても、それはすぐに間違った考えだと否定する。

 どう考えても勝ち筋が見当たらないからだ。


 かと言ってこのまま、人間の生活圏が狭まるのを良しとすることは出来ない。かといって……。

 ……延々と考えているわけにもいかないし、僕はまた料理することにした。その間でどうしようか決めよう。




 数時間後、カオリが大きな声でただいまー、っと家に戻ってきた。僕は汚れを落とすように皆に催促した。

 その間にテーブルに料理を置いていき、マオを起こした。


 皆が席につき、料理を食べながらマオが仲間になったことを伝えた。

 カオリ達にはマオが魔族であることは言わないでおくことにした。


 もし時期が来れば話す必要があるけど、それまではただの人であることに代わりはないだろう。

 出来ればそうなってほしくはないけど……でも魔王の侵攻は止めないといけない。


 仮に魔王を倒した後、すぐにマオに魔王の継承がされるのか。

 または魔族が他にいる場合、マオはいつ魔王を継承するのか。これを知る必要がある。


 魔王の侵攻が緩まれば、人間の生活圏が減ることはない。倒す必要はない。



 僕はカオリに時間を作ってもらい、魔族と、魔族の出方をくじくため、今後をどうするかを話し合った。

 結果は僕がどうにかしろということだった。


 カオリはさくらと、新たな逸材のマオに服を作りたくてしょうがないらしい。

 どう考えても服を作ってる場合じゃないんだけど。

 



 僕は翌朝まで考えたけどいい案は浮かばなかった。

 とにかく目立たず侵攻を食い止めるしかない。僕はカオリを呼んで、決めたことを話した。



「つまり、人間に危害を加える魔物を優先して狩ろうってこと?」

「うん」

「でもそれだと、人間のいる町とかに近いとこで狩りをしないとだめ、ってことじゃない? それってこっそりできなくない?」

「そ、それは……そう……かな」



 僕も自分が何を言ってるのかわからなくなってきた。でも本当にどうしたらいいのかわからない。

 僕らで倒すことが出来る魔物の数なんてたかが知れてるし。



「……いや、そもそも僕は罠を仕掛けるだけだから、目立たないと思う」

「そっか。アキが戦う時って真正面から戦わないもんね」



 なんか卑怯者といわれた気がするけど、確かに僕は正面から戦わない。

 でも罠さえ作れば、確かに侵攻を遅らせることが出来るかもしれない。

 ただ、魔物たちがどの道を通るのかがわからない。



「魔物を偵察できればいいんだけどなぁ」

「アキなら出来るんじゃない?」

「めんどくさいよ」

「じゃあこの前の亜人みたいに、巣を直接たたいたら?」

「魔王と直接戦うのは反対だよ」

「魔王じゃなければいいじゃない。はじっこから攻めれば」

「……なるほど」



 確かにカオリの言うとおりだ。

 魔王の城から遠く、その拠点だけを叩けば僕らが目立つこともなく、死ぬリスクもダイブ減ることになる。


 要は個別の魔物ではなく、魔王が使役する魔物達、拠点を攻撃すればいい。

 当初の人間に危害を加える魔物を優先する、というのも達成できる。


 僕はカオリの提案を受け入れて、今後は魔王の侵攻を抑えるように魔物を狩ることに決めた。

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