4-1:魔法



 昨日、宿に戻ってからは中々寝付けずにいた。というのも、僕の考えが本当にあっているかわからなくなってきたからだ。

 本当なら、昨日の捕獲で、魔物を仲間にできるんじゃないかと思っていた。けど、結果は違っていた。


 非常に残念ではあった。でもあきらめるつもりはまだない。

 フェアリーから聞いている、上級特性のスキルであれば、願いは叶うかもしれない。

 それに現状の盗賊のスキルも、それほど使えないものでもないから、今後を考えても大丈夫だとは思っている。


 とりあえず今は考えることをやめて、久しぶりの休みだし気分を切り替えよう。

 でも残金は既に心もとないから、必要最低限の買い物にしないと。


 僕はまず備品を買い足すことにした。ロープがいつ切れてもいいように出来るだけ買っておく。あとは油。ロープに油をしみこませていつでも着火できるように出来ればそれだけでも戦力になるだろう。

 会計をすると全部で銀10枚と、予想よりも安かった。


 あと欲しい物と言ったら、馬車だ。ただこれは今のお金では買えなかった。

 馬と荷車あわせて銀1、050、000枚。圧倒的に足りない。これは今後お金がたまったときにすることにして、今は魔法の本を買うことにした。


 魔法の本というのは、以前筋肉痛で動けない時にフェアリーから聞いた情報だ。

 スキルとは異なり、本を読めば誰でも魔法が使えるようになるらしい。ただ、使える魔法というのは初歩的な魔法のみだから、買う人はほとんどいないそうだ。

 それでも僕は魔法が使ってみたかったし、冒険には必須だと思った。


 だからその時リハビリのつもりで、本がいくらするのか見に行ってみた。すると魔法の本というものは一律金10枚――銀だと100枚。あの時は雲の上の話だった。


 でも今は違う。二冊買ってもお釣りがくる。余裕はなくなるけど、それでもまだ生活費は十分にある。

 僕は着火という魔法と、風という魔法を買うことにした。どちらも生活にはほとんど使う機会がなさそうだ。でも戦闘だったら油に火をつけたり、火力をあげたりするのに使えると思った。


 ただ本当なら水の魔法が一番にほしかった。

 この世界での飲み水は一度煮沸しないと飲めない。現実世界の日本とは違ってお腹を壊す。だからフェアリーいわく、飲み水の確保はこの世界では必須なのだ。魔法で水を作れば、おなかを壊すことなく、いつも安心して飲める。ただそれはどの冒険者も思うことらしく、相場も高かった。

 一冊で銀300枚。さすがに需要があればこのくらいの値段はするらしい。……お金を稼がないと。



 買い物を終え、残金を確認すると、銀78枚。

 今日くらいは何もしなくても問題はなさそうだ。でも僕にはやりたいことがある。


 僕は残りのお金をカオリに渡して、町を出ることにした。というのも、魔法の実験がしたかった。

 初めての魔法だから早く実験したい。

 っということを、カオリに伝えたら、カオリも一緒に行くといわれた。


 カオリにしては珍しい。休日と聞いたら、普段は家で裁縫ばかりしているのに。このゲーム……もとい、異世界での戦闘が気に入ったのかな?



 まぁ、カオリのことはともかく、早く魔法を試したい。

 僕は急ぐ必要はないけど、急いで町を出て、草原に向かった。




 草原に出てガルを見つけると、僕は早速魔法を使ってみた。



「着火」



 ガルに手をむけ、魔法を唱えると、手元で火花が散った。

 たったそれだけで、ガルに当たるわけでもなく終わった。

 が、その瞬間、僕に異常な疲労感が、一気に襲って来た。

 長距離マラソンをした後のような、立っているだけでかなりきつい状態だ。


 本当ならこの後、ガルの首に縄を投げて、ロープを燃やせるかどうか実験してみたかった。

 でもこの疲労感じゃそんなことできない。無理。それどころじゃない。



「魔道書は便利ですけど、あんまり多用はできないですよ。魔法使いの特性の人なら問題なく使えるんですが、他の人が使おうとすると、ご主人のように体力を一気に使っちゃうんですよ」



 フェアリーは、僕が肩で息をしているところを見てから、魔道書の欠点を言い出してきた。

 なんでそれを早く言わないんだ。っというか、それよりも、どうしたらこの状況が改善するかを教えて欲しい。



「と、特性を魔法使いにする以外だとどうしたらいい?」

「回数を重ねれば熟練度があがって使いやすくなりますよ! ご主人とかカオリさん以外は皆そうやってスキルを覚えますからね」



 熟練度……初めて聞いたんだけど。というかそれなら今覚えているスキルはどうなるんだろうか?



「今覚えている隠密とかのスキルも、熟練度があがったら何か変化があったりする?」

「はい! 口に出さなくても、思っただけでスキルが発動できます!」

「なるほど」



 フェアリーが言ってるのは、魔法使いが呪文を唱えることなく魔法を使う、無詠唱というものだろう。

 ただ僕の場合、口に出しても問題ないからさほど重要なものではなさそうだ。どうせ、この初級魔法しか使えないし。



「ちなみに熟練度のあげ方は?」

「何回も同じ魔法を唱えることですね。特性が魔法使いの場合は、魔法を使うことで新しい魔法をひらめいたりもしますが、他の職業だと熟練度があがるのみです」

「なるほど。わかった」



 現状ではやはり、どうにもできないということらしい。

 しかも、さっきよりもだんだん状況が悪くなっている気がする。体がだるくなって、足が震えてきた。

 立っていることがかなりきつくなってきたため、少し座ることにした。



「あ、アキ大丈夫? 顔色すごく悪いよ?」

「す、少し横になりたい。しばらく僕はここにいるからカオリ達は買い物してきていいよ。お金……渡すよ」



 お金をカオリに渡すと、座るのもきつかったので横になることにした。

 カオリはそんな僕を放って置いて、さっさと町へ戻ってしまった。なんて薄情なやつ。


 っというか、ここまでひどい状態になるなんて思わなかった。これは確かに誰も本を買わないと思う。

 さらに熟練度をあげるためには、この状態をしばらく続けなければならないということになる。数日の間だけならまだわかるけど、これが数年も続く可能性があるのであれば、欠陥商品であるとしかいえない。



「ふぇ、フェアリー……」

「はい?」

「魔法を本格的に使えるようになるにはどのくらいかかる? この状態じゃ魔物と戦うどころか、歩くことすらできないんだけど」

「はっきりとは私もわからないです。でも本来なら、こんなに重く症状が出るなんてことないんですけど」

「え?」

「ご主人以外の人は、通常歩くことは出来るはずです。なのでご主人も、すぐに歩くことくらいは出来ると思いますけど」

「そっか、わかった。まぁ、どの道使っていかないとだめだからね」



 ……とは言うものの、このままでは魔物を狩ることもできないわけで。

 今後、カオリと討伐数の差が開くのはよろしくない。けど、お金も今日の買い物で少なくなってしまった。どうしたものか。



「あ、ちなみに早く動きたいからって無理して魔法を使っちゃだめですよ? 最悪死にますから」

「そ、それはもっと早く言ってほしいな」



 意識がなくなるまで無理すればいい、とか少し頭によぎってたけど、死ぬのならパスだ。

 せめて歩ければどうにかなりそうなんだけど仕方がない。今はまだ修得時期ではないとあきらめることにした。

 そのうちお金のために魔物を狩る時期が来るだろうから、それまでは保留にしよう。



 その後もしばらく横になり、僕がどうにか座れるまでになったらカオリが町から戻ってきた。

 そして僕を抱えて宿屋へ向かった。



「カオリはいいもの変えた? っていうか、何買ったの?」

「針と布。アキの服なんか可愛くないでしょ? だから時間ありそうだし作ろうと思って」



 僕の服がなんで可愛くないといけないんだ。ってそれより、思いがけず時間がもらえそうだ。服を作るにも時間が掛かるしちょうど良い。

 僕はカオリに魔法の熟練度のことを話した。そしてしばらく休みをとることをお願いした。


 具体的には、宿代と食費のため少し魔物を狩ってから服を作ってもらう。そうすればお金に困ることもない。

 ただこの話しをするとカオリから条件を提示された。



「なら今後、あたしの趣味に付き合うこと。あと、うやむやになる前に言っておくけど、服はあたしが作ったものだけだからね」



 カオリが作った服……言い換えると、まともな服は今後着るなと言われていることになる。

 本当なら、魔法をあきらめることも選択肢に入るだろう。ただ今回はカオリの条件を了承した。


 というのも今後、魔法を修得したいと考えたとき、体が動かせない状況が続くはずだ。そうしたら、その度にカオリに頼ることになる。 元よりカオリが作った服は、現実世界でも昔から着せられていたから、あきらめも早くて済む。周りから白い目で見られるなんて今に始まったことじゃない。


 ただ、新しく条件にされた、かおりの趣味ってなんだ? 服を着ればいいだけじゃないのか?

 返事をした後、早まったかな、と思いつつも、僕は撤回することはしなかった。というか出来なかった。

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