3-1:スキル
太陽が真上に上がった正午、宿屋へ向かう途中、あちこちからおいしそうな匂いがしている。……中には変わった匂いもあったけど。行きかう人は、屋台でパンを買ったり、露店で食材の買い入れをしたり様々だった。
宿屋に着くと入り口でカオリが壁に寄りかかりながら僕を待っていた。そして僕に気づくと立ち上がった。
「現状は把握できた?」
「うん」
カオリの表情は先ほどよりかは幾分、やわらいだように見える。問題はなさそうだ。
「それでアキは今後のこととか考えてる?」
「漠然と。スキルをとらない限りは冒険者として働けないし。カオリは?」
「あたしは……アキと同じかな。とりあえず危ない橋は渡らないってことに決めたくらい」
「それがいいよ」
「あとは、現代の知識でチートとかしたいよね!」
「言うと思った」
僕があらかじめ考えていたことをカオリに伝えると案の定、愕然とした表情をした。
「そ、そっか。普段から遊んでばかりのあたし達じゃそんな知識ないよね……」
「達っていうな。僕は少しならあるよ。たぶん……」
とはいってもどんぐりの背比べだろうけど。
「知識チートはともかく快適には暮らしたいよね。あっちの世界くらいにはさ」
「どうやって……」
「アキ! 頼んだ! アキならできるよ!」
「僕に振らないでよ。まぁ、僕も快適には過ごしたいけど」
「でしょ! で、あとは……食べ物とか、服とかの再現でしょ? それと……」
「自分でやってね」
「まぁ、今はアキが忙しそうだから後ででいいよ! っというわけでこの話は置いておいて、早速狩りにいこう!」
「ご飯食べてからね」
カオリはいつもの通りに戻ったから大丈夫だろう。それに先ほども言ってたけど、この世界にずっといたいと言ったくらいだ。ちょっとやそっとのことなら飲み込めると思う。
問題があるとすれば、カオリが勇者であることが他人にばれること。これだけは阻止しないといけない。
昼食を食べながら、カオリ自身が、勇者であることは周りに言わないよう、釘をさしておいた。
そも、ゲームではない魔王討伐は現実性がない。魔物に囲まれた時点で終り。自殺行為だ。
そうならないためにも、役人と関わることは極力避けなければならない。
今は二人の戦力のすり合わせをして、実力を知っておいたほうがいいと思う。
「カオリは勇者の特性って言ってたけど、何かスキルをおぼえてる?」
「初めの初期スキルだけだね。回復1だけ」
「初めからスキルがあるのか。さすがに優遇されてるね。それで? ガルは何匹狩った?」
「20匹位かな? まぁ今日中には50匹まで届くと思う」
さすがは勇者のポテンシャル。僕とは大違いだ。
スキルをとった今の僕でもガルを一日に30匹は無理だと思う。うらやましいと思える反面、力の強さを危険にも感じる。
「調子に乗って無理したらだめだよ? 死んだら終りなんだから」
「わ、わかってるよ」
でもまぁ、まだ序盤のチュートリアルの範囲とも言える場所だから、そこまでの心配はないだろう。
雑談や情報の共有も程ほどに、食事を終えるとカオリの武具を買いに行くことにした。
カオリは新しくデータを作ったため、装備はまだ整っていない。とはいえ、僕もお金がたくさんあるわけではないし、装備も整っているわけじゃあない。
今のところは剣と盾さえそろえればあれば、最悪死ぬことはないと思う。
と思って、武具を買ったけど、お金が一気になくなってしまった。
カオリが払いきれなかった分は、僕が立て替えることになった。
武具屋を出て、街の外を歩きながら金額を確認した。残金、銀31枚。
「あ、あんなにあったお金が」
「大丈夫だって! あたしがすぐに稼ぐから! っていうか、お金って今後も一緒でいいよね? 全部アキに任せるから。お前のものは俺のもの。俺のものは俺のものーってことで!」
どこのタケシだ。っというかなんで僕が持つはめに。
まぁ、カオリは僕より動き回ることになるからお金は邪魔か。……いや、僕も動きまわると思うんだけど。
埋めて隠せる場所見つけたほうがよさそうだ。この世界の銀行が仮にあったとしても信頼できるかわからない。魔王が滅ぼした国もあることだし。
「フェアリー、近くで新しい種類の魔物はどこにいる?」
「草原の左手に森があったの覚えてますか? そこに臆病モグラ、三つ目ウサギ、角イノシシ、ガルの亜種、荒い熊とかいろいろいますよ。あ、臆病モグラはレア種なのでなかなか見つからないかもです」
「っということは、三つ目ウサギが一番よさそうだね。カオリもいいよね?」
「え?」
「次のスキルポイントのための狩」
「あー! いーよいーよ! そういうの全部アキに任せるから!」
それでいいのかと思いつつ、指揮系統が別にあるのはそれで困るからいいかと今回は納得した。カオリに任せるのは怖いし。
「そういえばアキって出会う前に隠密の話ししてなかったっけ? 一人でぼそぼそ話す人いるなーって思っててさー」
カオリにそう言われてハッとする。
周りに人がいるときでも、フェアリーと話す癖が中々直らない。これでも直そうとはしているんだけど。
「まさか特性、盗賊?」
「うん」
馬鹿にしたようにカオリに特性のことを聞かれた。というか自分だって盗賊とってたくせに。
カオリは僕が返事を返すと苦笑した。
「でも盗賊きつくない? 戦士にすれば簡単に生活できるのに。今までも苦労したでしょ?」
僕は自嘲しながら数日掛けて隠密をとったことをカオリに話した。苦労したなんて言葉じゃ足りないくらいだ。
「へぇ……数日でよく狩れたね」
「え?」
カオリは不思議なことをいう。数日以上かかることってあるかな?
「何も考えずにガルに攻撃してたら、たぶん怪我してると思う。そしたら教会に行って10銀。ガルの相場もそのくらい。お腹だってすくからガルを飼ってばかりもいれないし。だからお小遣い稼ぎのクエストもして、生活しながらがだったよあたしは。とても数日でスキルを手に入れるなんて考えられないよ」
小遣い稼ぎ……確かに配達クエストは僕も考えてたな。
フェアリーに言われて試しに魔物を狩ってみたら、意外と簡単に狩れてたの忘れてた。
「盗賊が冷遇されるのはわかるよ。でも本当はかなり使える職業だと思うよ。下手したら勇者と同じ……いや、超えるくらいには」
「え?」
「魔物に隠密が通じた。これはすごい発見だよ。フェアリーに聞いても、魔物には盗賊のスキルが効果があるかどうかわからないっていうのに」
「いや、それなら妖精信じて普通魔物に使わないけど。でもまぁ、アキならやりそう。ひねくれてるもんね」
幼馴染にそう思われていたなんて心外なんだけど。
「でもそのくらいなら、やっぱり他の特性のほうがいいと思うよ? 戦士なら力も上がるから、盾とか鎧装備できるし。死ぬ確立も下がると思う」
「確かに死ぬ確立は下がるけど、それで魔物に囲まれたらどうするの?」
「どうするって……戦士は少し囮になってもらって、魔法とかで攻撃じゃないの?」
「この世界で囮になるって、死ねって言ってるのと同じだからね。 失敗したらどうするの?」
「……そっか」
カオリの顔が少し曇る。ゲームとの認識の差が出たからだろう。
通常囮というのは非常に危険な行為だ。ゲームでもなければそんなこと進んでやりたいやつなんていないだろう。
「それに戦士、勇者より僕のほうが強くなるから」
「そこまで自信つけれるようなスキルなんてあったっけ? 戦闘で使えるの、ロープ操作くらいじゃない?」
「一番重要な『捕獲』が抜けてるよ」
「え? あのイベントスキル?」
「イベント?」
カオリが言うには、要人確保というイベントがあったらしい。
領主の娘を捕獲することで、莫大な大金を手に入れることができるのだとか。ただ、それ以降は使える場所がなかったそうで、仲間内で遊ぶくらいとか。
「人に使うわけないでしょ。この世界で人をさらったら本当に捕まるから」
「だからあたしは、特性変えたほうがいいって言ってるんだよ。なのに、勇者より強いとか言うしさ」
「強いって。さっき魔物にも効果あるって言ったばっかりじゃん」
「あ」
そこでカオリは意味を理解したみたいだ。
「魔物を捕獲して仲間にできれば戦力は一気に上がる」
「それなら確かにわからなくもないけど、やっぱりためたほうが言いと思う」
「なんで?」
「ペットってお金がかかって仕方ないんだよ。養うんだからさ。ドラゴンとか仲間にしたらもう、一日だって持たないと思う」
食費。確かに重要な問題だ。今生きるだけでも必死なのに、ペットを飼う余裕なんてない。
「だからさ、やっぱり特性変えたほうがいいと思うよ?」
「変えない!」
僕が魔物との戦いで一番考慮すべきと考えているのは集団戦だ。
国一つを飲み込む戦力が、勇者にあるかと言われるとさすがにないだろう。だからこそ、人海戦術が基本になる。
核爆弾のような広範囲での殺傷兵器・魔法があるのなら問題ない。しかしないからこそ、魔物に襲われた人間の国は滅びたと考えるべきだ。
さらにこの世界は一個人である、魔王を恐怖と感じている。ということは、科学が発展する前の戦争と同程度だろう。となれば軍略が生きる。
魔物を捕獲できなかったら、人間で代用するしかなくなるけどそれこそお金がかかる。
さらに僕はまだ外見が子供だから言うことを聞いてくれるかわからない。もちろん、魔物も言うことは聞いてくるかわからないけれど。でもなついてくれれば問題ないと思う。
そうしたら勇者以上に戦えるのは明白だ。作戦を立てて罠に誘導なんて事もできる。
……とはいえ、スキルをとってみてからじゃないとわからない。今はまだ全部、空論でしかない。
「……ん? まぁいいや。アキにはアキの考えがあるだろうし、これ以上は言わないでおくよ」
「そうしてくれると助かる」
とは言ったものの、もし大規模な範囲攻撃ができる特性があるのであれば考える必要がある。
「……フェアリーは大規模な攻撃魔法とか知ってる? もちろん魔物達を一撃で倒せるような」
「広範囲魔法はあるにはあるですが、魔物を全て倒すことなんてできないですよ。倒せたとしても数匹、残りは怪我を負わせる程度でしょうか。それに対してこちら側の疲労がすさまじいく、戦いで連戦もできないので推奨しません。まぁ、魔王なら使えるかもしれませんが、人間が使うのはやめたほうがいいと思ってます」
「そうか」
それならやはり今の特性で十分だ。
「もし覚えたいのであれば、魔術士の上級特性、魔道師になれば使えますよ!」
「……上級特性?」
「はい! いわゆる昇進ですね! ご主人は今下級特性の盗賊です! 上級特性は盗賊頭などになります!」
「それって何か変わるの?」
「スキルが下級特性のころより、レアなものを覚えることができます! 盗賊頭だと、義兄弟の杯を覚えることができます!」
「な、何それ。すごい気になる」
「義兄弟の杯は、ご主人のことを絶対裏切れないようになります! ただこの特性は他のスキルがないんです。あとできるのは、スキルポイントと交換で、義兄弟の数の上限をあげていくことができるくらいです」
「ほぉおおお……。すごくいいじゃんそれ!」
あまりにも高待遇なスキルに声を抑えることができなかった。カオリは僕のほうを見て戸惑っている。
フェアリーの言葉はつまり、僕が王となって大臣を任命して税金を取るみたいなことができるということになる。
しかも裏切らないから反乱の危険性もない。絶対君主制だ。
「ど、どうやったら上級特性を取れるの?」
「使ったスキルポイントもあわせて、合計が5以上あれば修得できます! それで、スキルと同じように私から受け取ることができますよ! あ、あと上級特性は下級特性の効果も修得しています!」
「盗賊頭の特性ってどんなの?」
「絆という特性です! 義兄弟スキルで仲間になった人の、子分に効果があります! 絆の特性は、子分達にも襲われることがなくなるというものです。また、言葉を交わさずともご主人がしてほしいことを察してくれるそうですよ!」
フェアリーのこの話が本当なら、上級特性を取ったときが楽しみでしょうがない。
上位特性になれば、アイコンタクトで魔物と意思疎通ができるかもしれない。もしそうなれば、烏合の衆であっても連携がとれるかもしれない。
「か、カオリ! 早く魔物を狩りに行こう!」
「え? ぅ、うん」
カオリは僕のただならない様子に驚いた。というか僕自身も驚いているくらいだ。普段からもこんな胸が躍るようなことはほとんどないからしょうがない。
今まさに異世界で、チートと呼ばれるようなものが、ようやくできそうなことに気持ちを抑えることができなかった。
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