2-2
「長かった。ついに、ついにスキルを手に入れるときだ!」
「長かったですね! では何のスキルを手に入れますか?」
「隠密がお勧めって言ってたよね? それでいいよ」
「わかりました! ではポイントを受け取ります! これからスキルを渡すので、動かないでくださいね」
朝食が終わり、最後に出された紅茶を味わいながら、取得するスキルを決めた。
そしてスキルを渡すため、フェアリーは僕に近寄り、フェアリーの額と僕の額をくっつけた。
……すると一瞬、意識が遠いた。と思ったらすぐに意識が戻った。僕は少し呆けた顔で体を確認する。もう終わったのだろうか?
フェアリーはニコニコと、いつもと同じ表情で僕を見ている。
「これで後は、『隠密』と口に出せば気配を消せますよ!」
やったね! とばかりに親指を突き立てるフェアリーに対して、僕は予想より地味にスキルを取得できたとのことで疑心暗鬼だ。
その考えが顔に出たのか、フェアリーは頬を膨らませた。
「お疑いですね? じゃあ、スキルを使って、あそこにいる人の持ち物を取ってみましょう!」
何を言い出すんだこの物騒な妖精。とあきれながらも、フェアリーの指差すほう……『あそこにいる人』、と言われた人を見る。
「アキ! 本当にいた!」
「か、カオリ?」
あぁ、この憎たらしい顔は幼馴染のカオリだ。間違いない。今までどこにいたのか。
……って、ん? いや、カオリがここにいるということは、もしかしたら、僕は現実世界に戻ってこれたのかもしれない。
「なかなかアキが待ち合わせ場所に来なかったから、何か忘れて、家に戻ったのかと思ってさ。でもアキの家に電話しても、遊びに行ったっていう返事で。おかしいって思って、もう一回ゲームログインしなおしたら、利用規約がアップされてて……てか、利用規約ちゃんと見た?」
「ぇっと……ちゃんとは……見てない」
「やっぱり。あの利用規約にさ、なんか怖いこと書いてあったんだよ。異世界に行くことに同意します、とか」
「は?」
いやいやいや。そんな利用規約あってたまるか。
そもそも、このゲームの名前って、『異世界に行こう』じゃん。
意味わからん。そりゃ行くでしょ。仮にそんなの書いてあっても同意するでしょ。
「で、私は一旦キャンセルして、数回アキに電話したんだよ。それでもやっぱり電話にでないし。自宅にも何度聞いても、帰ってきてないって言われて。さてはこれ、利用規約見ないでゲーム始めたなーって思ってさ。それでゲーム初めてみたら、案の定いたってわけ! もー、ホント良かったよ。何かの事件とかじゃなくてさー。っていうか、アキっていつも慎重なくせにこういうとき抜けてるよね」
僕は唖然とした。
僕がこの状況に陥ってたのは、全部僕自身のせい? 利用規約を呼んでいなかったから??
……っていうか、それならなんでカオリはここにいるんだろ。
僕が顔を上げると、言いたいことを察したのか、カオリはニコニコしながら言った。
「あたしも異世界行くことにしたんだ」
「はぁ!?」
「アキのお母さん、あたしが何度も電話かけたから心配しててさ? もしかしたらこれが原因かもって言ったら、半信半疑だった。だからあたしもゲームやってみて、行方不明になったら安心してね、って言っておいた」
「意味がわかんないよ! なんで行方不明になって安心できるのさ!?」
「まぁ、ゲーム楽しんでるんだなって。あ、あたしの親にもちゃんと言っておいたから心配しないで!」
「心配するよ! カオリの思考回路を!」
もういろいろめちゃくちゃだけど、これどうすればいいんだろう。っというか、カオリはここから現実世界に戻れないって事知ってるんだろうか?
「ね、ねぇ? カオリはこの世界から現実世界に戻れないこと知ってて来たの?」
「え?」
だよね。こんな能天気なこといえてるくらいだからわかってないよね。
「あ、本当だ。ログアウトできないんだ。まぁ、うすうすそうだろうとは思ってたけど」
「思ってた!?」
「だって利用規約に、異世界にいきますか、ってどう考えてもおかしいじゃん」
「いやいや!? じゃあなんできたの!? てか、親が許可しないでしょ普通!?」
「笑いながらオッケーしたよ? あたし弟いるから、部屋の空きも足りなくてさー。好きに使えるって喜んで」
「なんでだよ!? っていうか、カオリはそれでいいの!?」
「うん。そもそも、あたしこの世界にいれるならずっといてもいいし。それに一応、あたしのせいでアキ、この世界に行くことになっちゃったし」
そういうと、申し訳なさそうにカオリは顔下に目線を外した。僕のことが心配で後を追ってくれたのは嬉しいとは――
「この世界ならあんなことやこんなことを……うへへへ!!」
思わない。なんかやばそうなこと考えてるっぽい。
「こんなことになったのに、まだそんなこと言ってるの? なにかをたくらむ余裕なんて全くないんだよ?」
「いいじゃんいいじゃん! 楽しんだもん勝ちよ!」
僕はすでにあきらめたような表情をカオリに向ける。
「大丈夫だって! あたしこのゲームは、アキより少しだけだけど現実世界でやったことあるから! 先輩のあたしに任せなさい!」
「すこぶる不安だよ」
僕は妙なハイテンションのカオリに負けて頭を抱えた。
「大丈夫だって! あたし特性を勇者にしたから、簡単には死なないから!」
「まぁ、初心者には妥当だよね」
「なにぉー? 先に進めてた、盗賊でやってたデータ消してまで変えたんだからね! まぁ、使えない特性だったからいいんだけど」
まさかカオリと同じ特性を取ってたとは。というか、二人とも盗賊なら本当に詰んでる。
「それになんかあの規約が頭よぎってさー。これアキが特性勇者にしてなかったら、魔王倒せなくない? って」
カオリにしてはファインプレーだ。
勇者の特性以外で、魔王を倒すことができないことはフェアリーから聞いていた。もし魔王を倒すことが現代に戻るカギになるのなら、僕かカオリ、どちらかが勇者の特性を取っていなければならない。まぁ、魔王を倒すなら……だけど。
「可能性を残しておくのはわかるけど、魔王を倒すことはやめておいたほうがいいよ」
「どうして?」
「この世界はゲームじゃない。異世界という現実らしい。だから、死ねば死ぬ。魔王に殺されようが、途中の魔物に殺されようが死ねば人生それまでだよ」
「ぇ……」
さすがのカオリも黙った。そしてカオリ専用の妖精に話しを聞いているようだ。
こちらからは姿が見えない。他の人からは僕もこう見えていたのかと思うと恥ずかしさがこみ上げる。まぁ、カオリに妖精が見えないことを言うつもりはないけど。
「……魔王倒すのやめよっか?」
「それが最善だと思う」
ようやく事態を飲み込めたカオリは顔面蒼白だ。
しかも、魔王を倒せるのは現状カオリしかいない。
カオリが勇者だと他国の王にでも知れ渡れば、高待遇してから死地へ行けといわれるだろう。いや、王だけではない。魔物に脅かされる世界中の人がカオリに期待を寄せるだろう。町に引きこもることなど許さないといわんばかりに。
「それで? カオリはこの後どうするか考えてる? 宿屋とか食料とか」
「ココに来る前に、魔物を狩ったからお金は少しあるよ。でも今は……ちょっとここで状況の整理をしたいかな。何が変わったのか詳細とか確認したい」
「わかった。まぁ、何かあったら後で話して。二人いるんだから死ぬことはないと思うし。僕はスキルの確認をしてくるよ」
「わかった。またね」
カオリは終始真顔だった。確かに今後のことを考えれば心配にもなる。
ただカオリの表情からは、この世界に失望というよりは順応するためにどうするか考えているように思えた。明日には問題なくいつも通りのカオリをしていると思う。
まぁ順応というか、カオリから貸してもらった異世界転生のラノベなら、主人公は食べ物とか科学物質などの知識で現代に近づけて金儲けしていたし。カオリも同じようなことをしようと考えるだけかもしれない。
……でも、それは無理な話だ。
カオリが料理しているとこなんか見たことないし、勉強も同じだ。
そも、学校で習ったものはどれも机上の知識でしかない。
専門知識があったり、働いて必要な材料がわかっている大人ならできなくもないだろうけど、僕らには無理だ。
例えば鉄。どうやって作るかなんて見たことすらない。コークスが必要とか学校で習ったような記憶はあるけど見分けすらつかない。っていうか、実際鉄鉱石すら見たことないし……。
とにかく僕らに出来ることといったら、この世界特有の技術と発想力で、現実世界の生活水準に近づけることくらいだろう……と思っている。
宿屋でカオリと分かれた後、僕は隠密スキルの具合を確認するため町を出た。
草原に着くと早速、ガルに攻撃を仕掛けた。そして逃げ回りながらスキルを使ってみた。……が、やはり魔物には効果がないようで、僕を見失うことはなかった。
その後は仕方なくいつも通り倒した。
やはりフェアリー達の言う通り、魔物には通用しないのかと僕は失望した。
これからどうしようと考えていると、後ろから明るい声が聞こえた。
「ご主人! 使い方間違ってます!」
「え?」
「隠密スキルは姿を消すスキルじゃないですよ! 気配を消すスキルなので、見つかってから使っても意味ないですよ!」
それは早く言ってほしかった。僕は一度倒したガルをギルドへ運んだ。
そして草原に戻ったらすぐ木に隠れて、もう一度隠密スキルを試してみることにした。
スキルを使う前なら、僕がガルの背後から近づいたらこちらに気づき警戒する。そしてガルは僕と正対するようになる。
これがスキルを使うとこれがどうなるのか。
「隠密」
今度は絶対に見つからないように、ガルの背後に回ってみた。
すると気づかれない……と一瞬思ったが、すぐに僕のほうに歩み寄ってきた。
この方法でも駄目かと、残念に思ったけど、よく見るとガルの様子がおかしい。なにやら地面に鼻をつけて匂いをかいでいる。
僕を視認しているのではなく、タブンそこに何かがいると認識している程度だと思われる。
臭いだ。
先ほどガルを倒した時、上着に血がついていた。それに反応したのかもしれない。
僕は上着をその場に脱ぎ捨てて、またガルの背後を取ってみる。
「……やった」
思わず声に出てしまった。
僕の狙い通り、ガルは上着の臭いをかいでいて、背後にいる僕のことは意識できていない。
いや、声に出してしまったから、すぐこちらに気づいてまた正対してしまったけど。
とにかく隠密……盗賊のスキルは魔物にも適用される。
さらに隠密のスキルに新発見もあった。
先ほどの状況、ガルは僕の目の前に来て臭いをかいでいた。つまり僕自身は視認はされていたはずだ。でも僕がその場を離れても何も反応がなかった。
つまり、視認は出来ているはずなのに記憶に残っていない。あるいは、風景の一部に溶け込んでいて擬態しているように見える。と言ったものなのかもしれない。
臭いについても、どの程度が発見の基準かはわからないが、血の臭いのみ今のところ反応している。
いずれにせよ、見つかっていない状態であれば、姿を消している状態とほぼ変わりはないだろう。
「やった! この発見はでかいぞ! フェアリー! 盗賊は他にどんなスキルを覚えられるんだっけ!?」
「えっと……。あとはロープアクションです! ロープを使って縛るのが基本ですね! あとはロープを投げたりすることができます! それと脅迫も覚えることができます! 後で説明しますが、捕獲のスキルと連携して使うことがほとんどです! ただ、脅迫だけでも弱い相手には言うことを聞かせることができます! それで最後の一つは、先ほどの捕獲のスキルで、人を捕らえることができます! これは誘拐目的がほとんどですね!」
どれも有用そうなものばかりだ。
特に捕獲は盗賊に使えば犯罪にはならないだろう。それに脅迫のスキルと連携して使えば魔物を仲間にできると言い換えられそうだ。
「これは面白くなりそうだぞ!」
「盗賊の特性の人はほとんど捕まって、警備隊に殺されてしまうのが常です! 見つからないように頑張ってくださいね!」
どうしてもフェアリーは僕を犯罪者にしたいらしい。というか、僕が考えていた意図がわかっていないらしい。
とにもかくにも、これで実験は終了だ。あとはまた魔物を狩って、捕獲と脅迫を覚えれば今とは違った景色が見えてくるだろう。
スキルの確認もできたし、カオリも既に、この世界のことを妖精から聞き出しているころだろう。今後のことも話し合う必要がある。
僕は二匹のガルを持ってギルドで換金し、カオリがいる宿屋へ向かった。
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