1-2
どうしてこうなったと焦燥感だけが募る。特性が盗賊で人から物を盗む仕事? しかも現実に帰れないってもう…………。
「詰んだ」
思わず声にでてしまうほど詰んだ。
え? これが本当にラノベ展開なら僕は現実世界に帰れないってこと? この世界で薄給の仕事をずっとしろってこと?
「まてまてまてまて。冷静に考えるんだ僕」
声に出すことで一度思考を止める。そして客観的に考える。
まず今いちばん困るのは住む場所だ。宿屋は確か銀8枚。
これはもう一度仕事をすればどうにかなる。が、お腹も減ってるからそれでは割りに合いそうにない。
いや、あと二時間働けば問題はなくなるだろうけど、現実世界のように働きたくはない。異世界に着て働くのだから違う仕事……。
「……冒険者だ。冒険者にはどうやったらなれる?」
「冒険者はなるものでもないですね。ただ、魔物の素材を売る人を、形式的にそう呼んでるだけです。魔物なら町の外にいますよ」
「そ、そっか! なら町の外に行こう!」
「ま、待ってください! そのままいけば最悪死にますよ? スキルはなくてもいいですが、ご主人素手で戦えますか?」
「……できない」
「じゃあ死にますね」
「……一応確認なんだけど、死に戻りってやつもないの?」
「なんで死んで戻るんですか? っていうかどこに戻るんですか。死んだら死にますよ。え? ご主人は死んでも動けるんですか?」
「ぁ……いや、なんでもない」
フェアリーは、何言ってるんだこいつ、っていうような目で僕を見ている。
まぁ、要するにはこの世界はすでに異世界で、僕は転移者ということなんだろう。死んだら死ぬ。言葉の通り。
「やったね! 異世界転移だよ! 超嬉しい! 笑うしかない! あっはっは!」
「ご、ご主人、大丈夫ですか?」
とてもじゃないが自暴自棄にならないとやっていける気がしない。
魔物と死に物狂いで戦うなんてありえない。いや、配達クエストやってれば死ぬ可能性もなくなるか。
僕はしばらく考えて、一度魔物と戦ってみることにした。それでだめなら、配達しかない。
「……っと、そうだ。怪我ってどうなるの? 宿に泊まったら、次の日治る?」
「ん? 怪我したら数日、治るまでそのままですよ? ご主人は寝たら次の日治るんですか?」
「いや……そっか」
あぁ……やっぱりそうか。ということは、怪我をしたら魔物も狩れず、仕事もできず、野垂れ死ぬということか。
「あっはっは。 もう笑いすぎて涙でそう……」
「ご、ご主人! 何かあれば私がいますから! わからないことは聞いて、生き抜いてください!」
「わからないこと……。フェアリーって僕と一緒に戦える?」
「戦えません」
「だよね……」
「ちなみに、私の存在はご主人にしか見えないのであしからずです」
「え……」
周りを見る。こちらを見てひそひそと話し声が聞こえるような気がする。どう考えてもこれは情緒不安定な危ないやつと思われているだろう。
小声で早く言えよ! とフェアリーに言って人気のない場所に移動した。
「えっと……とりあえずどうしようか。魔物と一度戦ってみようとしてたんだっけ?」
「それならまずは武器の購入をお勧めします!」
「……そっか。武器か。……でも今お金は使いたくないなぁ。怪我したら生活するお金がなぁ。お腹すいたぁ。余裕がほしいぃ」
「ダイジョブですよ! 怪我は教会に行けば治してくれるので!」
「へ!? ほ、本当!? すぐ治せるの!?」
「もちろんです! ただ、お金はかかっちゃいますけどね。 あと、死んでたら治せません」
「いやいや!? 怪我が治るだけでもいいんだよ! どんな重傷でも治るの?」
「重傷の度合いにもよりますね。足が折れたりひびが入るだけなら治ります。足がとれたり、えぐれたりしたら治せません」
「うっ……え、えぐいこと言わないでよ」
「ともかく、ある程度なら治せますよ。一律銀10枚になりますけど」
「銀10枚……」
「魔物を一匹狩って売れば、そのくらいは稼げます! 二匹狩ればもちろん倍の銀20枚にはなります!」
「へぇ、確かに。一匹目で怪我をしなければ二匹目で儲けが出る……か。悪くないかも」
「はい! あと、魔物を倒せばスキルポイントがもらえます!」
「スキル……ポイント?」
「はい! 盗賊なので戦闘系ではないですが。でも、人知れず物を盗むのに効果的なスキルを覚えたりできますよ! それなら捕まりませんし!」
「いやいや!? 犯罪奨励しないでよ! まぁでも、話を聞く限りじゃ戦闘でも使えそうだね」
僕は意を決して魔物狩りをすることを決めた。
フェアリーに武器屋の場所を聞いて、元手の銀6枚でナイフを買い、町の外に出た。
町の目の前の草原には、中型犬のような魔物、ガルが数匹いる。
こちらから攻撃を仕掛けない限り、ガルも攻撃をしてこないらしい。また、一匹攻撃したら周りのガルは逃げるから、囲まれる心配もないそうだ。
いかにも、初心者のための魔物だ。でも怪我はしたくないので、遠慮はせず、慎重に行動したい。
僕は一匹のガルをターゲットとして構えた。でもガルはこちらを見るだけでやはり何もしてこない。
言われたとおり、先制のチャンスはこちらにある。けど、仕留め損ない、逆に噛まれて大怪我なんてことになったら元も子もない。
僕は上着を脱いで、腕に巻きつけた。そして先にその腕を噛ませる作戦にした。これがいちばん失敗が少ないやり方だろう。
とは言っても怖いのに代わりはない。手も足も震えてきた。
それでも僕は、ガルにゆっくりにじり寄って前に出る。そして少し顔をナイフで切りつけた。するとガルは反応して腕に噛み付いた。
僕は無我夢中で噛み付いてきたガルの首を切りつける。すると思っていたよりも簡単に一匹しとめることができた。
「やった! これで銀10枚だ!」
「やりましたね! 早速ギルドに言って換金することをお勧めします!」
「そうだね! ついでにお腹も減ったし少し休憩しよう!」
幸い、怪我をすることもなく狩ることができた。今日はこの後も狩りをすることができる。
僕は喜び勇んで、ギルドにガルを持って行き換金した。
フェアリーの話より少し多くて銀11枚になった。悪くない。これならこの世界でもやっていけそうだ。
ギルドを出て露店で銀1枚のパンを買って、フェアリーと半分こにした。
僕は大急ぎで食べて、すぐにまたガルを狩るため町を出た。フェアリーも僕に合わせて大急ぎで食べることになってしまい、後で文句を言われた。
でも今は文句を言われようが、とにかく余裕をもちたい。
先ほどと同じ要領で、今度はガルを二匹倒してからギルドに戻った。合計32銀。あっという間に数日分の余裕ができた。
換金を終えてギルドを出るとすでに日の光はなく、暗くなっていた。
ちょうどお腹もすいてきたので、宿屋兼食事処の店に入った。食事処が一階にあり、二回は宿になっているみたいだ。
食事処は中々の混雑ぶりで、仕切りがなく、大声で話したり笑ったりと現実世界のファミレスとは大違いだ。
僕らは壁際の席に座って一番安い食事を頼んだ。そしてそれをフェアリーと分けて食べた。
昼とは違い、暖かいスープとパンという食事に少し感動した。
その後食事を済ませると、あらかじめ予約しておいた宿の部屋へ向かった。
とりあえず横になろうとベットに寝そべると、疲れていたのだろう、すぐに意識をなくした。
翌朝、鳥の鳴き声に目が覚ました。
起き上がろうとすると全身が痛い。普段はほとんど動くことはなかったから、昨日の狩りで全身筋肉痛になってしまったんだと思う。
とりあえずフェアリーも起こして、朝食を済ませることにした。
昨日と同じ席に座って、一番安いメニューを注文した。
しばらくすると、目玉焼きにパンが来た。今作ったようで、パンは湯気が出ており、温かくておいしかった。目玉焼きもおいしかったんだけど、塩もしょうゆもなかったので、少し味気ない。
宿と食事代を支払うと残りの銀貨は20枚。まだ余裕がある。
今日は体も痛いし、大事をとって宿屋で寝るべきだろうか? と、悩んでいると、フェアリーが話しかけてきた。
「ご主人! 魔物を倒しにいかないんですか?」
「うん。全身筋肉痛でね。どうしようか悩んでる」
悩んでいる、とは言っても、このまま宿にいるという選択肢はもったいないとは思っている。少しでも戦闘を有利に戦えるようにすべきだ。それにはいろんな知識も必要だ。
僕は町の外に出て、周りに何もない草原で、フェアリーと話をすることにした。
「じゃあ、昨日話していたスキルについて聞こうかな。スキルポイント……とかいうのと、取り方とか全部教えて」
「はい! ではまずスキルポイントのとり方についてですね! スキルポイントは、同じ種類の魔物50匹倒すごとに一ポイント入手できます! 昨日ガルを三体狩ったので、残り47体狩ればポイントを手に入れられますよ!」
「なるほど。じゃあスキルのとり方は?」
「スキルは特性ごとに取れるスキルが決まっています。例えば盗賊が覚えることができるスキルは、隠密、探索、捕獲、ロープ操作ですね」
「捕獲ってどんなスキル?」
「人をさらうスキルですね!」
「お、おぉう。盗賊って、人もさらうんだ」
「はい! 隠密は気配を消して後ろから簡単に盗めるようにするスキルです。そして探索は周りに人がいないか確認するスキル。ロープ操作は基本的に逃げないように縛るスキルですね!」
「見事に犯罪者だ」
「はい! 盗賊ですから当然ですね!」
「……」
けどどれも有用なスキルのように思えた。人を魔物に置き換えればいい。
隠密は気配を消す。それなら、ガルの背後から首に一撃みまうだけで即死させることもできると思う。
探索は魔物の位置を把握できるかもしれない。捕獲は魔物を捕獲できるかも。もしかしたら仲間にできるかも?
「ねぇ、さっきのスキルって、魔物相手でも通用するかな?」
「……。……わかんないです」
「わかんないて……」
「盗賊の特性を持つ人が、外で戦うことはほとんどないです。それに盗賊は徒党を組む習性があるので、魔物相手にスキルを使うことなんてないんですよ」
「徒党を組む習性って……。でもまぁ確かに。盗賊だしなぁ」
とにかくやってみてから考えるしかない。……というか、魔物に効果なかったら、本当に詰むと思うこの特性。
「それで話は戻りますけど、次は取得方法ですね! それは私にどのスキルがほしいか言ってください! ポイントと交換で、スキルを修得できます!」
「なるほど」
「最後に使い方ですね! 使い方は口でスキル名を言うだけで使用できます!」
「……」
スキルを覚えるためにポイントを使うことや、なんの苦労もなく口に出すだけでスキルが使用できる。この点はゲームにしか思えない。
僕は改めてフェアリーに質問した。
「この世界、本当にゲームじゃないの?」
「ごめんなさい。げーむ……が私にはわからないです」
「んー……? というか、スキルを呼ぶだけでなんでスキルが使えるの?」
「本来はできません。でもご主人は神様が選んだ人なので、神様が特別に仕組みを作ったのです!」
「神様……ねぇ」
「はい! 神様は本当は、魔王を倒してくれる人を呼びたがっているんですが、誰も勇者の特性を持とうとしないんですよ」
確かに僕も勇者の特性は取ろうとは思わなかった。
勇者は初期ステータスが他の職業に比べて非常に高い。さらに覚えるスキルや魔法も他の職業とかぶるところもある万能職。要は初心者用と言えなくもない。チートとも呼べる性能だった。
だからこそ、面白みにかけると思った僕は、最初から候補から外していた。
「勇者は面白くなさそうだったし。特性も良すぎるからね。僕みたいなひねくれ者は取らないと思うよ」
「でも勇者じゃないと魔王は倒せませんよ?」
「そんな説明あったっけ?」
確かにソロでやるのなら、必ず勇者の特性をとらないとクリアできない、無理ゲーということになってしまう。
けどそんな説明書きがあったか覚えていない。初めから候補から外して、ちゃんと見てなかったし。
「嘆かわしいです。先日も一国、魔国に滅ぼされてるのですよ」
「え!?」
「このままじゃ、人間の国がなくなっちゃうかもですね」
「ち、ちょっとまって。そんな切羽詰まってるの?」
「はい」
いやいやまって。そんなの、勇者いない時点で詰んで……え? このまま勇者いないと僕も死ぬってこと?
「ともかく、ご主人達は特別なのです! 本来は何年も掛けて学ぶものがスキルですが、それだと魔王討伐できないでしょっていうことで、神様が新しく理をつくったのです! ちなみに、特性と違うスキルを扱おうと思ったら、それこそ何年も修行しないとだめなのですよ?」
「へぇ! 修行すれば他の特性の戦闘スキルも取れるの?」
「はい! でも、ご主人は選ばれた人なので、教会に行けば特性を変えられます!」
「なんでそれを早く言わないの!?」
「盗賊がいいんじゃないんですか?」
「いや、そうだけど……」
なるほど。なんとなくこの世界のシステムは理解できてきた。でも勇者の特性に変えることはやめたほうがいいだろう。
魔王と戦うということは、魔物の大群と戦う必要がある。すでに一国を滅ぼしたくらいだから、僕が少し強くなったとこで意味はない。ならどうするか? 仲間を増やすしかない。
「ねぇ盗賊の捕獲ってスキルは、魔物を……」
「わかんないですって! 人以外に使おうとしているのご主人くらいですよ!」
なぜか叱られてしまった。
でもこれはかなり重要な質問だ。魔物がだめなら人を増やすしかないんだけど、とてもじゃないが無理だと思う。
昨日ギルドにいた冒険者達のほとんどは人相が悪く、それこそ僕が思い描く盗賊のような人たちだった。
顔で判断してはいけないと思うが、十中八九、良い思いはしないだろう。
「……賭けるしかないか」
「私は先に隠密をとることをお勧めしますよ。魔物を狩れなくなった時は、町の人から盗めば生活費は稼げますし」
フェアリーさん、考え方物騒すぎませんか? とは思うものの、フェアリーが言うことにも一理ある。怪我をしてたら後先考えることは出来ないかもしれない。
「……まぁ確かに隠密が先だね。人に使うかはともかく、魔物を手早く狩れるだろうから必須だし」
「魔物に効くかはわかりませんけどね」
「だめなら……僕の本領発揮といこうじゃないか」
「え? ご主人、秘密の力とかあるんですか?」
「ないよ」
「えぇ……」
フェアリーはがっかりしたけど、秘密の力なんてあるわけない。
でも僕は考えることができる。ガルを初めにしとめた時だってそうだった。一番頼れるのは考え、発想することだ。魔物にスキルが使えれば問題ないし、使えなければ……追々考えればいい。
僕は気持ちを切り替えてスキルを修得すべく、体が痛いのは我慢して狩りをすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます