第30話 名前

【第30話】名前



 謎の施設から離れて、少し経った。現在は再び街に向けて歩き始めている。順調な旅路の途中に「お腹減った」と少女が訴えてきた。

空を見ると、夕日が落ちかけていた。それを見た涼は、ここで休憩をすることを決め、焚火を作り野宿の準備をする。


「今日はなに~?」

「さっき殺った【バッグベアー】の肉の熊鍋だ」

「へぇ~旨そうだね」

「もうすぐできるから向こうで待ってろ」

「はーい」


 イランはそう元気にそう返事をすると、テントの方へプカプカと宙に浮いて行ってしまった。

今回の食材はここに来る途中に襲いかかってきた【バッグベアー】という熊の見た目をした魔物の肉だ。

レベルは19と低く、セラフィーの魔法1発で丸焦げになった。


(熊って癖があるって聞いたけど、この世界は違うのか? 普通に豚に近い味だな)


 一口味見をしてみると、獣臭はせず、子供舌でも食べられそうな味だった。

この世界の色んな魔物の肉を食べてきたが、これは結構当たりの部類かもしれない。


「よし」


 涼特製の熊鍋が出来上がり、持っていくと、少女がキラキラさせた目と口の周りによだれを垂らしながら待っていた。よほどお腹が減っていたのだろう。


「一応聞くが、いきなり肉とか食べてもいいのか? 目覚めたばっかりだろ」

「多分大丈夫ですよ」


 セラフィーのその返答に若干不安が残るが、お椀に注ぎ渡すと、少女はジュースを飲むかのように一瞬で飲み干しおかわりを要求してきた。


「凄いね……」

「ああ……」


 まるでバキュームのように料理を食べ、夕食は結局ほとんど少女が食べてしまい、満腹になったらなったで、早々にテントの中に入り眠ってしまった。


「あの、少しお話があるのですがいいですか?」


 少女が眠ったことを確認したセラフィーが、外で休憩していた涼とイランに話しかける。


「あいつの話か?」

「はい……このまま、連れていってもいいのかと思いまして……」

「え? 駄目なの?」

「駄目ではないのですが、あの子は本来、この世にはもう存在しない種族とされる存在です。街に連れて行けば、実験の対象にされるかもしれません……かといって

ここに置いていくのも……」


 珍しい生き物は、人々の興味をそそる。それはこの世界でも同じなのだろう。

現実の世界からすれば、生きた恐竜が見つかったようなものだ。


「お前はどうしたいんだ?」

「わた……しですか……」

「見た感じ、この中で一番なつかれてんのはお前だし

あの施設から連れてきたのもお前だ。どうするかはお前が決めろ」

「私は……」


 セラフィーは少し俯いたが、すぐに顔を上げ答えた。


「連れていきたいです。このまま独り孤独に生きてほしくないので」

「そうか。なら本人の意思も聞かないとな」


 その言葉にセラフィーが後ろを向くと、寝ていたはずの少女が立っていた。


「あ、起きてたんですか……」

「うん」


 涼たちの話声で起きたのか。そもそも最初から眠くなったのか分からないが、少女は一部始終を聞いていた。


「お前はどうする? 俺たちと来るか?」

「うん」


 即答だった。言葉の意味が理解していないのかと思い、再度確認するが帰ってきたのは先ほどと同じだった。理由を聞いてみると「ご飯をくれるから」と何とも現金な返答だった。

だが、涼たちと来たいことは分かった。


「あ、そうだ。名前決めましょうよ。いつまでも名無しじゃあ可哀そうですし。ね?」


 その提案に、少女はコクリと頷く。


「はいはい! 竜爆さt……」

「却下です」


 早々に名前の候補を叫ぶイランだったが、セラフィーに一喝されしょんぼりしてしまった。

前々から思っていたことだが、イランのネーミングセンスが絶望的すぎる。


「涼さんも考えてください」

「なんで俺が……そもそも人の名前なんて考えたことないぞ……」

「ならいい機会じゃないですか」

「名前ねぇ……」


 少女の顔をじっと見つめ、名前を考えるが、当然何も思いつかない。そんな中でセラフィーが1つの案をあげた。


「女の子なのでお花から取るってのはどうでしょうか?」


(この世界の花の名前なんて分からないぞ……いや、じゃなくても別にいいか。なら……)


「う~ん。これといったのがありませんね」

「スミレなんてどうだ」


 花の名前を片っ端から言っているセラフィーの前で、涼がそう答えた。


「スミレ……そんな花聞いたことないですけど」

「まぁ、俺の住んでた所で咲いてた花だ」

「その花はどんな花なんですか?」

「青紫色の花だ。小さいが、綺麗な花だったのを覚えてる」

「なるほど……スミレですか。いいかもしれませんね。早速伝えてきます」


 セラフィーが少女の元へ駆け寄り涼が出した案を伝えたところ、とてもご満悦な様子だった。


「しっかし涼が花の名前言うのってなんだが似合わないね」

「まぁそれは言えてるな。実際俺はスミレ以外の花の事に関しては詳しくないしな」


 そう話す涼の顔は少し寂しそうだった。その顔を見たイランはそれ以上は何も聞いてこなかった。


「この子の名前はスミレに決まりました。2人もちゃんとそう呼んでください」

「はーい。これからよろしくスミレ」

「よろしく。えっと、レイス?」

「イランだ!」


 こうしてまた、新たに1人記憶喪失の竜神族スミレが旅の仲間に加わった。


(人間が俺だけだってのは何か新鮮だな……)


「涼」

「なんだ?」

「よろしく」


 スミレはほとんど無表情な顔でそう涼に伝える。だけどこの時のスミレの顔は、涼には嬉しそうに見えていた。


「ああ、よろしくなスミレ」


 そのやりとりをした後、スミレはテントの中に入っていった。


「見た感じでは知能も身体も問題ありません。ただ前例が無いので、この先不安ではありますけど……」

「そうだな……街に着けば何か分かるかもしれない」

「街まであとどれくらいなの?」

「もう少しの筈だ」

「本当!」


 当初の予定では、街にたどり着くまで、まだ時間がかかる予定だったが、あの謎の施設。

あそこが近道になっていたようで、本来辿るはずだった道を大幅にカットできていたのだ。


「まぁ早ければ明日にはには着くかもな。それよりセラフィーはもう休め」

「私ですか?」

「お前無理してるだろ」

「え? だ、大丈夫です。まだいけます!」


 そう立ち上がるセラフィーだったが、その瞬間にふらつき、涼の方に倒れる。


「なにが大丈夫なんだ?」

「すいません……」

「謝らなくていい。今は少しでも多く休め」

「はい……」


(これは……早く着かないと危ないかもな……)

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