第12話 理不尽な世界

【第12話】理不尽な世界



「うう……」


(吐き気がする……っ! そうだ魔物! っなんだ? 動けない!?)


 目を覚ました時には手足が拘束され、武器を取り上げられていた。そして、左右には村の人が、僕を監視するように立っていた。


「なにしてんだ! 早く僕を解放しろ!」


 だが、2人は苦い顔をするだけで僕を助けようとしない。


「すまないイラン……俺たちは奴らに脅されて……」


 おそらく力でわからされたのだろう。自分たちには勝てないと……


(くそ、なんとかしてここから逃げないと……そうだ。母さんと父さん……!)


 目を疑った。なぜなら、僕の目の前に血を流して倒れている母さんと父さんの姿があったからだ。


「っ! 母さん! 父さん!」


 2人を呼んでも返事が帰ってくることはなかった。


「なんだ? こいつらはお前の両親だったのか? そりゃいい」


 聞き取りにくいごもった声をして現れたのは、ここら辺で見ることがなかった牛の顔をした魔物だった。人間の言葉を話す辺り、相当知能が高いのだろう。


「しかし、つまらんな。折角結界を壊してくれたってのによ。こんな貧弱な奴らしか居ないなんて」


(結界を壊したのは、こいつらじゃないのか! いや今はそんなことを考えてる場合じゃ……)


「イラン!」


 パリン!


「ギャアァァァァ!!!」


 何かが、【ミノタウロス】の顔に当たり悶絶する。


「カーラ! どうして……」

「いいから! 早く逃げ……」

「カーラ! 後ろ!」

「っえ? きゃ!」


 額に火傷のような傷痕が出来た【ミノタウロス】は、カーラの腕を引っ張る。さっきの攻撃で相当頭に血が上ったのだろう。気の立った目つきをしていた。


「離して!」

「こいつ……結界師だったか……大丈夫だ。今すぐに殺してやる」

「ま、待て! 彼女に手を出すな!」


 動揺する僕を見て、ニヤリと笑った。

カーラを地面に押さえつけると、懐にあった斧を取り出す。


「い、イラン……」

「やめろ……やめろーーー!!!」


 ザン!!


 僕の言葉になんて耳を貸すわけもなくカーラの首は切り落とされた。

その時、僕の何かが壊れた気がした……


「ハハハハハハ!! 馬鹿な女だ。お前を助けに来たんだろうが。早死にとわな! はぁ……もういいか。1人生け捕りにしてこいって言われたけど、めんどくさいから全員殺すことにするか」

「ま、待ってください。俺たちは……」

「あーあうるさい。お前らも死ぬんだよ。仲良くな……ん?」


 その時、異変に気づいた。地面に顔を伏せ戦意が損失している青年に殺気を覚えたのだ。


 ドクン! ドクン!


 イランの身体から、耳で聴こえるほどの心臓音が聴こえてくる。それは、さらに大きく……不気味になっていく。


(なんだ……この男。何をしている? 早いところ殺した方がよさそうだ)


 牛の魔物は斧を持ち、イランの首を切り落とそうとした。だが、


 ザン!


「ッグ! っが!」


 切り落とされたのは、斧を振り下ろした魔物の腕だった。切り落とした犯人は分かっていた。目から異様な光を放ち、腕が異常なほど肥大化し、奇妙な形に変形していた。もはや人間とは思えない見た目に変貌したイランだった。


「い、イラン? なぁ……お前……ギャアァァァァ!!」


 ギラリと2人を睨むとそのまま身体を掴む。そして、そのまま握りつぶす。骨が粉々に粉砕する音がしたあと、2人は動かなくなってしまった。


「グゥゥゥ! フフフ、聞いたことがあるぞ。魔物に変わる人間の話をな。確か、もそうだったな……だがな。それがなんだってんだ!」


 残った右手でもう一つの斧を持つと、そのままイランの頭に向かって振り下ろした。


 っバキ!


 しかし、その攻撃がイランに届くことはなかった。


 グシャ!


「っが! くそ……が! この俺が……」


 イランが伸ばした腕は、魔物はの身体を貫通した。血が飛び散り絶命する。


「グオオオォォォ!!!」


 イランは残った魔物、村人を惨殺し始めた。敵も味方ももはや関係なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



 目を覚ましたのは、それから何日か経ってからだった。


(なんだ? 何が起こってるんだ……)


 目の前に広がったのは、荒れ果てた村の姿だった。


(村は……皆は?)


 移動しようと、足を動かそうとした瞬間。異変に気づいた。足が無かったんだ……それどころか身体が水色に透けていた……


(なんだ……これ…………僕は……いや、これは……僕?)


 今、自分が何者なのかわからなかった。なぜなら、大量の死体の中に僕の死体も転がっていたからだ。じゃあ死んだのか? 死んで魂になったのか?


 いくら考えても分からなかった。だけど、1つだけ分かることがあった。それは……この村に、もう生きている人間なんていない。母さんや父さん。村長に……カーラも……


(ここには居られない……)


 1秒でも早くここから出たかった……1回ここじゃない所で落ち着きたかった。何処に行っても落ち着ける筈なんてないのに……


 バチ!


「っ!」


 だけど、出られなかった。この村の結界は生きていたんだ。そして気づく。僕の身体が魔物になっていることに。この村が、僕を敵と見なしたということに……


「フフフ!! ハハハハハハ!!」


 何が……「独りじゃない。皆が居る」だ……もう誰も居ない。愛情を込めて育ててくれた両親も、剣術を教えてくれた村長も……僕に生きることの大切さを教えてくれたカーラも……


 何で……僕だけこんな目に合うんだ……何で僕だけ死ねないんだ……何で僕だけ……



ーーーーーーーーーーーーーーー



 それから、僕はここから出ることだけを考えた。ここに迷い込んでくる旅人を使って……僕は普通の人には見えないし、声が聞こえない……それが分かった瞬間に殺した。そして、新しい魔物として使ったんだ。

全てはこの世界に居る全ての生物をこの手で殺す! その一進だけで。僕には……それしか残されていなかったら……



ーーーーーーーーーーーーーーーー



(………これは)


 再び目の前に光が現れたかと思うと、元のボロ屋に戻っていたことに気づく。涼が見たのは、紛れもなくイランの過去だった。

そして涼に話し掛けてきた正体もわかった。


(カーラ……多分あいつだな……)


 受け取ったナイフを見る。それは今でも光輝いていた。その輝きが何のかも、今なら分かる。


(結界師の力か……)


 何で今、その力が使えるのか。何で、死んだ状態でナイフを渡せるのかは分からなかったが、それは今さらだろう。

 手に持っているナイフを懐にしまい、この家から出ようとする。


 ッグス ッグス


 家の隅ではまだ、幼少期のイランが泣いていた。

多分、この子の魂は、イランを倒さない限り消えることはないだろ。

世界が滅びるまで決して……


「似ているか…………確かにな……俺とお前は似ている。

俺には、お前を救うことなんてできない。だけど、お前を楽にしてやることは……できる」


(はぁ……俺は何やってんだろな……)


 その時、涼の顔はいつも以上に険しい顔をしていた。

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