第6話


「~♪ ~!」

 

 正子は最後まで歌いきってから、最後のポーズで〆た。

 決まった感を出してはいるが、私的にはそこで盛り上がるどころか、むしろやっと終わったか感が強い。

 最後のポーズから数秒後、正子は自然体に戻り。

 

「これが私達よ」

 

 またもカッコよく聞いてきている……が、私はこう返す。

 

「……は?」

「え?」

「え?」

「え? じゃないよ」

「ダメ?」

「ダメに決まってるでしょ馬鹿」

「そんなに?」

「よくこれで私にアクロバット教わるとか言ってきたなおい」

「いや……今はこんなだけど、もし教えてもらえれば

 

「論外なんだよ!」

 

 思わず私の口から、本気の怒りが飛び出した。

 

「……」

 

 正子以外の三人が固まる、だが正子だけは真っすぐな目で私を見る。

 

「舐めるのも大概にしろ。その程度しか出来ないのに、なんでまだ出来るって信じられるんだよ! 自信だけじゃ、どうにもならないんだよ!」

 

 心底イライラする。

 こういう自分の実力をきちんと理解出来ない愚か者が、私は嫌いだ。

 確かに私は、努力した者こそが勝利するべきだと思っている。

 けど……世の中そうじゃない事は私が一番分かっているつもりだ。

 残念だが、この程度の踊りしか出来ないようではアクロバットを教えることなど出来ない。

 ハッキリ言って彼女らは実力不足だ。

 アクロバットを教える以前の話だ。

 

「信じてやらないで、どうするのよ」

「……!」

 

 正子の発言に、私は動揺する。

 

「結果を出してない内なんて、他の誰も信じてなんてくれない。そんな時、誰が自分を信じてくれるの?」

 

 正子の表情は、ここまで散々自信満々な感じで話してきた彼女にしては、少し自信なさげだった。

 まるで自分に言い聞かせているように思える。

 

「私は信じたい。寿奈がアクロバットを教えてくれるなら、この状況を何とか出来るって。だから……お願い」

 

 彼女は頭を下げた。

 だがどんなに頭を下げられても、どんなに頑張ると言われても、私にはあの状況を何とか出来る自信はない。

基本ができない彼女達には無理だ。

 

「……約束は、約束だから。悪いけど、諦めて」

 

 私はそう告げて、部室を後にした。

 

※※※

 

 正子は追って来ない。

 それを確認してから、私は歩いて家路についた。

 今日は散々だ。

 無理矢理私の過去を暴かれ、アクロバットを教わるには到底足りない技術の無さを見せつけられ、挙句少し頑張れば出来るかもなどと甘い考えを告げられ。

 人生の数時間を無駄にしてしまった。

 イライラして仕方ない。

 

「……」

 

 正子は言っていた。

 私が教えてくれるなら、今の自分を何とか出来ると信じたいと。

 自分の事は、自分が信じてやらなければならないと。

 ……反吐が出る。

 私は一度たりとも自分の事を信じた事は無かったし、だからこそ人より努力していた。

 

――あの子は天才で特別だから。

 

 そんな風に努力を否定されるのは嫌だったけど、もし自分にそんな才能があったとしても、結局運や人望の足りなさで全て無意味になった。

結局自分を信じたところで、足りないなら足りないなりの結果で幕を閉じるだけ。信じるなんて無価値だ。

 そりゃあ、一つも努力すらしない奴が嫉妬で吠えるだけよりご立派だとは思うけど。

 事故の後、もし正子のような自分を信じる心を持っていたとして、この現状をどうにか出来ただろうか。

 私が友達に見捨てられるのを見た誰かが、助けてくれただろうか。

 

 簡単だ。

 他の者に馬鹿にされるだけに決まってる。

 今だから分かる。

 一度落ちた者は、どんな努力さえも無に帰す奈落に沈んでしまう事を。

 入学試験と一緒だ。

 一度しかないチャンスを無駄にすれば、その先にあるのは周りより劣るか遅れるかだ。

 志望校のレベルを下げるか、浪人して次の年まで待つか。

 いずれにしても、同期で自分の志望校に現役で受かった者から離されてしまう。

 私がこんな学校にいる間にも、自分の同期達は高レベルの高校で授業を受けている。

 サッカー部の同級生達も、サッカー強豪校か、頭の良い者はそれなりの高校に入っているだろう。

 もう自分がそんな人達に追いつく事も、ましてや追い越す事は二度とないし、それは事故の時から決まっていた。

 今更何を信じてどうしろと言うのか。

 事故で自分の進路を断たれた私も、あれだけ酷い歌と踊りを見せた正子達も。

 

「!」

 

 俯き歩いていた途中。

 私の所に、一つのサッカーボールが飛んでくる。

 それを見た時に、私の身体は半ば反射的に動いていた。

 昔と同じように高く飛び、腹筋で軽く受け止める。

 爪先でボールを蹴り上げてから、複雑な軌道を描いてオーバーヘッドシュート。

 さっき屋上から飛び降りた時は失敗していたが、今度は完璧な動きだ。

 蹴られたボールは飛んできた方向へと綺麗に飛んでいき、ボールの持ち主の所に。

 

「す、すみません!」

 

 高校のサッカー部の部員だろうか。

 

「ボールを取っていただいてありがとうございます」

「……どうも」

 

 私はそう告げて去ろうとしたが、部員が言う。

 

「それにしても、凄いですね。咄嗟に反応して受け止めるなんて」

「そんな事ないよ。あれくらい普通」

「あ、あの……良かったらサッカー部に……」

 

 その言葉を聞いて私はすぐに断ろうとしたが、その前に聞こえた。

 

「そいつの力を借りるなんて認めないぞ」

 

 グラウンドからゆっくりと歩を進め、こちらに向かってくる女子生徒。

 不良みたいな派手な出で立ちをしており、中々威圧感がある。

 彼女もサッカー部、それもどうやらキャプテンらしい。

 

「ぶ、部長!」

「お前、こいつを勧誘しようとしたのか?」

「は、はい。この人、かなり出来そうに見えたので」

「知らないで勧誘しようとしたのか」

「ど、どういう事ですか?」

「まあそれならいい。とにかくこいつはうちのサッカー部に不要だ」

「な、なんでですか?」

「こいつは女王……。天才的なサッカープレイヤーだが、敵にも仲間にも敬意を持てない愚か者。そんな奴にうちのサッカー部に入る資格はない」

 

 無理矢理勧誘してくる無能アイドルの次は、嫉妬で狂った雑魚キャプテンか。

 派手なのはどうやら見た目だけだ。

 

「私は忘れていない。お前が私に向けた軽蔑の目を」

「……」

「この学校に来たからには、お前にサッカーなんてやらせない」

 

 鋭い眼で威圧するキャプテンの女の言う軽蔑の目。

 私がそんな目を向けた記憶はないし、この女の事など知らない。

 もう私がサッカー選手だったのは過去のものとは言え、自分の事を大して知りもしないのに侮辱されるのもいささか不愉快だ。

 

「もう二度とやる気なんてないし、アンタらとやってもつまんなそうだからどちらにしろ入る気なんて無いけどさ。私が入ったらアンタが活躍出来る自信が無いから入れたくないってはっきり言えば? 後輩の前だからカッコつけたい気持ちも分かるけどさ」

「!」

 

 女は私に向かって拳を振るう。

 私はそれを片手で受け止めた。

 

「……それで全力?」

 

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