第3話


「戦力?」

 

 何を言われようとアイドルをやる気はないし、仮に入ったとしても踊れない。

 そんな状態の私のどこが戦力足り得るというのか。

 

「そうね……無理してメンバーになれとは言わないけど、貴女にしか頼めない事がある」

「何?」

 

「私達に、アクロバットを教えて」

 

 上級生は真っ直ぐな瞳でそう頼んできた。

 

「……は?」

「だーかーら、私達にアクロバットを教えて。メンバーにならなくても良いからさ」

「……アンタそれ、マジで言ってる?」

「私は本気よ。私は勝つ為なら何でもするし、いくら傷付いたって痛いなんて思わないし、目的のものが自分から逃げてくとしても逃がさない」

 

 澄んだ瞳で、上級生の少女はそう告げる。

 まだ名前も知らないし、彼女がアマチュアアイドルとして今までどうして来たかなんて分からない。

 でも……私はここまででこの女がどんな人間か大体分かった。

 好きな物の為ならどこまでも純粋で、努力家で、けどだからこそ……私のような人間には怖く映る。

 逃がさない、そう告げた彼女の言葉に……私は身の毛がよだった。

 こいつは遊びで言わない。

 会ってから三日だが、ここまでの行動で分かる。

 

「……」

 

 私は考えた。

 もうこの女には自分の全てがバレて、その上で私にこうして物を頼んでいる。

 もうアクロバットもサッカーも、勝負事に分類するものは全て出来ない身だが、教えるくらいなら……何とかなるだろうか。

 まあ、私でさえ完璧に会得するのにかなり苦労したのだ。

 アイドルとは言え、一度もやった事のない奴がそう簡単に出来るわけがないが、どっちになろうが私にはどうでもいい。

 何を言われようが、こいつらに才能がなかったで終わる。

 なら、ちょっとだけこいつの本気に付き合ってやろう。

 

「分かった」

「え、良いの?」

「ただ、私はもう動けない。説明しか出来ない。それでも良いなら付き合う。それと……私はアンタらに才能がないと分かったらすぐにだって教えるのを止める。こっちはアンタの我儘に付き合う身なんだし、それくらいは良いよね?」

「勿論よ」

 

 その言葉の時も、上級生の目に迷いはない。

 自分なら失敗しない、そんなそこはかとない自信を示すように。

 でも……本当にどん底に落ちたら、こんなメンタルお化けでもどうにかなっちゃうものなんだろうか。

 この瞳を、これから教える時も続けられるのだろうか。

 

「じゃ、そうと決まれば部室行くわよ」

「は?」

 

 あんなマラソンやらせておいて?

 

「当たり前よ。本当なら入学式の日にスカウトしたかったけど、もう三日も経ってるのよ? 今週で三日分は返して貰うからね」

 

 何コイツ……ブラック企業の上司?

 というか。

 

「いや三日分返して貰うって言うけど、そもそもアンタらがアクロバットをやれるだけの実力があるか分からないから、今日いきなり教えるのは無理だからな」

「え、そうなの?」

 

 ポカンとした表情の上級生。

 

「そうなのじゃないよ。アンタがこれからやるって言ってる事を出来るだけ簡単に説明するけど、そもそもアンタがやろうとしてる事って、かなり無茶な事だからな」

「まあそれは承知よ」

「それが分かってんなら良いんだけど、そもそもアンタはただアクロバットをやりたいんじゃなくて、ダンスの中にアクロバットを取り入れたいんでしょ?」

「そうね」

「そうなった時、何が大事だと思う?」

「えーっと、不安定な状況でも突発的に行えるって事?」

「そゆこと」

 

 流石に私をスカウトした身だし、そういう事は分かってるみたいだ。

 本来体操選手がアクロバットをする時というのは、というかどんな競技でもそうだが、イメトレなどの精神的な準備が必要になる。

 そりゃあプロなら、いきなりやってくれと言われてもすぐに対応出来るだけの力が素人よりも優れているのは当然だが、私がやってきた事はそんな単純なものではない。

 サッカーをプレイしている時という、周囲の状況が絶え間なく変化し続ける中でも、複雑な動きを当たり前のように行えるだけの頭の回転力と行動力。

 そしてこれはサッカーをプレイしている時とは違うが、アマチュアアイドルは歌と踊りを人に魅せる競技。

 ただ闇雲にアクロバットをするだけでなく、状況に合わせてどんな技を使うかを常に判断し続ける必要がある。

 

「それはまあ、貴女がそれだけ凄い力を持ってる事は承知した上でスカウトしたけど、いきなり教わらないならどうした方が良いの?」

「まあ、そうだね……」

 

 私がサッカーにアクロバットを混ぜようというのを考えたのは、アクロバットを習い始める前の事だ。

 実際挑戦を始めたのはそれから少し経ってから。

 無論……その時はまだサッカーが人並以上に出来る程度のレベルだったし、アクロバットも心の準備をしながら出来る程度で、そんな状態の私が組み合わせに挑戦しても上手くいくはずもなく。

 数年掛けて練習し、小学五年生くらいの時だろうか。

 アクロバットスクールを卒業し、既にどちらもプロの域に達していると言われるようになった頃に、少しずつ出来るようになり。

 中学に入るまでの二年間で安定させ、初試合で大量得点を決めて、あの二つ名を頂くに至った。

 ようは何かにアクロバットを組み合わせるなら、まず組み合わせる対象をプロ並みに完璧にする必要があるという事だ。

 それには努力だけじゃなく、才能を要求される。

 天は二物を与えず、という言葉を覆してしまう程の……。

 

「……」

「寿奈?」

 

 上級生が私に近付く。

 

「あ、いや何でもない。とにかく、現時点でのアンタらの実力が分からないんじゃ話にならないし、まずはアンタらがどれだけ踊れるのかを見る。良いよね?」

「うん!」

 

 上級生は良い返事でそう答えた。

 これで踊りが最悪とかなら、もう目も当てられなくなるけど。

 この人そこら辺分かってんのかな……。

 まあでも、何だかんだこの人は勢いだけじゃなく考えた上で行動してるのは分かる。

 期待を裏切るような事はしない筈だ。

 

 それはそれとして。

 

「あと、今日はもう疲れたから帰って明日からでも良いよね?」

「それはダメ」

「死ね」

「口悪いわねホント……」

「誰のせい?」

「分かんない」

「ヒドォチョグテルトヴッドバスゾ」

「あ、そうだ」

「聞けよ」

 

 バリケードを撤去しながら、上級生は言う。

 

「私は服部正子(はっとり まさこ)。よろしくね寿奈」

「……」

「どうしたの?」

「メタいのを承知で言うけどさ……」

「うん」

「三話になってようやくとか遅くない?」

「大丈夫よ、確か数話分くらいは今日投稿するらしいし」

「そういう問題?」

「……」

「アンタここに至るまで、ただの上級生扱いだからね?」

「え?」

「「私は服部正子(はっとり まさこ)。よろしくね寿奈」の前のとこ見てみ?」

「……確かにそうね」

「アンタ誰やねんってどれだけの読者が思ったんだろうね」

「あ……あの、読者さん。私一応、もう一人の主人公だから……覚えてね?」

「自分の事主人公とかキショ」

「そこキシょいとか言わない!」

「さーて帰ってメガ〇ン5やろ」

「帰さないわよ」

「酷いこの人」

「貴女よりマシよ」

「どこが?」

 

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