第2話
「……」
「目丸くしちゃって可愛いわね♡ お姫様」
「ペッ!」
「きゃっ!」
私は上級生の顔面に唾を吐いて、驚いた隙に降りる。
「助けてくれてありがとけどもう近付かないできしょいからさよなら」
早口で礼だけ言ってからもう一度去ろうとする……が。
「あっ……」
私はベランダの出入り口に設置されていた紐に脚を引っかけて転んでしまう。
「ふふふ……捕まえた」
「……」
私は怖い顔で迫る上級生に言う。
「もう一回鬼ごっこ付き合うから今の無しにしない? 一生のお願い」
「ダメよ」
「ですよね」
※※※
そのまま空き教室で、上級生が部屋中の鍵を全て閉めた上、わざわざバリケードまで張ってから話し始める。
どんだけ私を逃がしたくないのかは分からないが、明らかにやり過ぎだ。
「というか寿奈さー、なんでそんなに逃げるのよー」
「そんなの……アンタに関係ない」
というか……。
「てかアンタさ、私に会うなりいきなり寿奈呼びだよね。なんかキショい。距離感バグり過ぎててウザい」
「そ、そこまで言わなくても良いじゃないのよ……」
「いや無自覚かも知れないけどマジウザいよ? 何? 一回死にでもしないと分からない?」
私は拳を握る。
「ところで寿奈さー」
「聞けよ」
「なんでそんなに逃げるの?」
「さっきの話聞いてた? アンタには関係ないって言ったの聞いてた? ねえもしかしてその耳って飾り?」
「なんでそんなに逃げるの?」
「ゲームのNPCみたいに同じ事言っても無駄だよ。悪いけどバリケード破壊してでも帰るからね」
グイッ……。
「なんでそんなに逃げるの?」
「表情変えずに腕掴みながら聞いてきたよ……」
どうやらここは答えるしかないらしい。
しかし……。
「逆に聞くけど、そんなに気になる?」
「うん」
「こんなにも逃げてる私を捕まえて……何を考えてんのか分からないけどさ」
私はハッキリと答える。
「興味ない。その一言に尽きるし、だからそれを態度で示してるのに、しつこく付きまとってくるアンタがウザい。だから逃げる。簡単でしょ?」
「……」
「それに、アイドル部……だっけ? アイドルってあのアイドル? 最近有名なアマチュアアイドル」
アマチュアアイドル。
数年前から競技として認められた、ダンスと歌による総合芸術で、観客の投票による得点を競う競技。
芸能活動として歌や踊りを披露するメジャーアイドル、そして地下等でファンを集めるべく活動する地下アイドルとも違い、一種のスポーツとして扱われている。
私の好きなアニメに、ラブラ〇ブという作品があるのだが、それに出てくるスクールアイドルに若干近いと思う。
あれとの違いは、女子高生である必要がないというのと、必ずしもオリジナル楽曲が必要というわけではないという事。
だが競技の内容が内容だからか、ある程度の実力を持ってるアマチュアアイドルなら、芸能界からスカウトされるという事例も少なからずある。
ラノベも昔は基本的に出版社の賞を取らなければプロデビュー出来なかったが、今はWEBで沢山閲覧されたアマチュアの作品が書籍化してプロデビュー出来ているのと同じように、アマチュアアイドル上がりのプロアイドルもここ数年で増えている。
あと何年もすれば、そんなのが当たり前の時代になるだろう。
まあ……そんな事はさておき。
「私に出来ると思ってんの? どう見ても私、アイドルってガラじゃないし」
「出来るわよ。私、寿奈なら出来るって確信した上でここにいるし」
「確信って……変な事言うねアンタ」
「そうでもないわよ。だってほら、私は貴女の過去をちゃんと調べた上でここにいるんだし」
「ふーん……」
私の過去……か。
一応調べる事自体はそんなに難しい事じゃない。
何せ、サッカーにアクロバットを混ぜてプレイするような、話を聞くだけだと漫画みたいな女なのだ。
それも……中学時代に私が出場した全公式試合で、全得点を私が決め、一つの失点もなし。
そんな私を『軽業女王(アクロバット・クイーン)』なんて呼ぶ者もいた。
ネットでは一躍有名人扱いされたし、取材を受けた事なんかもあるから、私の過去を知ろうと思えば知れるだろう。
『あの事』以外は……。
「中学サッカー界をアクロバットとサッカーセンスで蹂躙して、高校での復活を期待されつつ引退。私立電明(でんめい)中学不動のエースにして女王……杉谷寿奈。
そんな彼女が、こんなありふれた公立高校にいる。
考えただけでもおかしい話よね。電明と言えば、文武両道を謳う進学校で、有名校に沢山の卒業生を輩出してる所なわけだし。
そんな学校からわざわざここに来るなんて、よっぽどの落ちこぼれか、それともそうせざるを得ない程の事情があったか……例えば、そうね」
上級生は告げる。
「交通事故にでもあって、入試を受けられなかった……とか」
「!」
当たりだ。
上級生の言ってる事は全て。
そう……私は決して落ちこぼれでは無かった。
電明中、この街に住む人なら知らないものなどいない程の私立中学。
私はそこの卒業生で、在学中……私は常に学年二位をキープしていた。
そんな私が、この平凡そのものな公立高校に入った理由。
それは志望校での入試の日に、交通事故に遭ったからだ。
あともう少しで高校の門の中に入れる、そんな時に私はトラックに轢かれ、怪我をした。
当然受験は受けられない上、二か月間を病院で過ごす事になり、その時には……他の有名私立も既に受験を終えていた。
それだけなら、私は多分大丈夫だったのだと思う。
今だって、この高校でだって、サッカーや……何なら誘ってくれるなら少しだけならアイドルをやったって良いと言えただろう。
けど、そう出来ない理由……そして今私を縛り付けるもの。
「貴女は事故で志望校の受験を受けられず、そして……クラスメートからも落ちこぼれと揶揄された。だからさっきも、今まで出来た筈のアクロバットが出来なかった。違う?」
これも当たりだ。
そう、教室に帰ってきた私を待っていたのは慰めの言葉などではなく、敗北者を見下す視線と侮蔑の言葉。
私は友達一人すら出来ない程人付き合いが苦手で、いじめられた事だって沢山あった。
けど、そんな私を分かってくれた人が一人いた。
私の親友だ。
常に学年一位を取れるほどの天才児で、皆から愛されていた。
にも関わらず、彼女は私とよく絡んでくれた。
だがそんな彼女に、私は見捨てられた。
私と彼女は、同じ学校を受けるつもりだった。
けど、私が約束を破ったせいで、私は親友と同じ学校にはいけなかった。
クラスメイトに馬鹿にされたのは悔しかったが、何より友達だと思っていた奴に見捨てられたことの方が辛かった。
敗北は......時に大事なものさえ失う。
そしてそれは二度と取り返せない。
それに気付いてしまった私は、もう二度と戦うことが出来なくなってしまった。
ある時から私は、簡単なアクロバットも、ドリブルも、出来なくなっていた。
忘れてしまったわけじゃない。
やる度に聞こえるのだ。
自分の心を深く貫く言葉が。
「アンタの言う通りだよ。けど……なんでそこまで知ってんの?」
「そんなの当たり前よ。貴女の周囲の人物に聞きこんで、出来るだけ貴女の事を調べたし」
「……なら、尚更なんで?」
「そんな状態の貴女でも、私達にとっては貴重な戦力……そう判断したからよ」
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