今日からアイドルを始めたい!

心夜@今日からアイドルを始めたい!

第一部 第一章

第1話


 これは……後に世界を救ったアイドルの話。

 

 2024年。

 人類はある者の思想に支配されようとしていた。

 使われた道具は、一つの音楽。

 かつてある者が音楽を使って自国を支配したように、その者は一つの音楽を使って世界を支配しようとしていた。

 だがそれを……止めるべく戦う者がいる。

 その者は国の特殊部隊でも、ましてや物語の世界の勇者でも、ましてや神でもない。

 たった一人の、アイドル。

 名は……杉谷寿奈(すぎや じゅな)。

 

「……」

 

 寿奈は深紅の衣装に身を包み、既に洗脳音楽に心酔する者達の前に立つ。

 自分の歌で、本当にこの状況をどうにか出来るのか。

 そんな迷いは、今の彼女には無かった。

 仲間達が自分の夢や理想に向かって生きていたように、そして今……自分の為に精一杯のサポートをしてくれているように。

 寿奈も、夢や理想を叶える為に……今この現状をどうにかする為に必死で努力をしてきたからだ。

 あとは自分が、その思いに答えるだけ。

 けど、もしこの状況を変えられる事に確信を抱けているのだとしたら、それは仲間との交流があったからだ。

 何故なら……。

 

 寿奈は一度、努力で得たものも、夢も、自分の大切な友達も失ったからだ。

 

※※※

 

「今日こそ逃がさないわよ寿奈! 入ってもらうわよ、アイドル部に!」

「……」

 

 四月。

 滋賀県立〇×女子高の入学式が終わり、その後どこの高校でも行われるであろうイベントで学校中が盛り上がる。

 そう、部活勧誘だ。

 色んな部活の人達が一年の教室近くに集まり、自分の所に入らないかと誘っている。

 新入生の態度もそれぞれだ。

 乗り気なもの、やや強引に押されているもの、そして私のように……。

 

「ちょっ、ちょっとくらいゆっくり逃げてくれてもいいんじゃないの!? ねえ!」

(はあ……しつこ)

 

 全力疾走で逃げているもの。

 入学式が終わり、新人勧誘が始まってから既に三日経っている。

 入学式が終わったその時から、今自分を追いかけている赤い瞳の上級生は私を勧誘してきた。

 それも他の部に入れさせまいと必死に。

 私も最初に「興味ない」と三回くらい断って、あとはシカトしていたが、段々と手口が強引になっていき、さっきは後ろから抱き着かれたりした。

 無理矢理解いたが、それでも諦めずに私を追いかけ始め、現在に至るというわけだ。

 こんな無茶苦茶な新人勧誘のせいか、周りで勧誘してた上級生、それにされてた同級生も全員私達を見ている。

 今私を追いかける馬鹿はそんな事気付きもしてないだろうけど。

 

(……ってかこれいつまで続くの?)

 

 かれこれ一時間近く走っているが、相手の体力が切れる気配はない。

 私も元サッカー部員だから体力には相応の自信はあるし、何なら足も速い方ではあるが、あの馬鹿は足こそそこまで早くはないが体力は私並みらしい。

 ……というより、バテても無理して走っているようにも見えるし、どちらかと言うと根気があると言ったところか?

 どちらにしろ最悪だ。

 そろそろ屋上だ。

 このままだと最悪、飛び降りるしかない。

 前だったら飛び降りでも全然平気なんだけど、今はちゃんと助かる保証がない。

 ある程度振り切れれば、トイレに隠れてやり過ごし、窓からゆっくり降りていく手も使えなくないんだけど、あれだけしか離れていないなら無理だ。

 この際だ。

 今度こそ成功させてやろう。

 

「まだまだ~!」

 

 もう相手の顔面が疲れで崩壊しかかっている。

 それでも走るのを止めない。

 屋上から飛び降りで決定だ。

 私は更に加速する。

 屋上の扉を蹴破り、そこから棒高跳びの要領でまずは助走をつける。

 私は先ほど元サッカー部員だと言ったが、実を言うと昔やっていたスポーツはサッカーだけではない。

 幼稚園の頃から、習い事でアクロバットもやっていた。

 本気で体操の選手を目指す大人と混じって練習し、小学校卒業前には全過程を修了し卒業。

 その気になればオリンピックにすら出られる程の身体能力を、中一前には手に入れていた。

 そしてサッカーをしている時も、そのアクロバットを組み合わせて応用し、不安定な状況でもアクロバットが出来るようになった。

 

 だから私には鉄柵を飛び越える事も、飛び降りてから怪我しないように対処するのも、当たり前のように出来る。

 いや……正確には出来ていた、だろうか。

 今は少し……いやかなり自信がない。

 

「……!」

 

 私は鉄柵を飛び越え、そのままバク転して背後を確認。

 上級生の姿はない。

 予想よりも早くバテたのだろうか。

 いずれにせよ、今の私を追いかけようなどという人はいないだろう。

 あとは地面に着く前にどっかの階のベランダの柵に捕まって、ゆっくり飛び降りればOKだ。

 だったのだが……。


――貴方はもう、私の友達なんかじゃないわ。

 

(……ッ! しまった)

 

 私は体勢を崩す。

まただ......また私の中で声が聞こえる。

こんな緊急事態なのに、私の身体は思うように動かない。

 

(……)

 

 私はそこで、一度冷静になった。

 この場で死んで、楽になった方が良い。

 そうに決まってる。

 もう私は大好きなサッカーも、得意だったアクロバットも出来ない。

 それに……それより大切なものまで失った。

 それなら、これ以上生きて何になるというのか。


 私は目を閉じる。

 身体が動かない以上、どうせもう自分は死ぬ。

 あとは時を待つだけだ。

 そのまま私は地面に激突し、物言わぬ肉塊に。

 

「よっと」

 

 なる筈だった。

 先まで感じていた落下する感覚が消えた。

 二本の支え棒のようなものに、自分の身体が引っかかったらしい。

 だがあまりにもプルプル震えているし、直後自分の身体が棒切れと一緒に動いているのを感じた。

 これは単なる棒切れじゃない。

 私はそう感じ、ゆっくりと目を開く。

 すると……。

 

「大丈夫?」

 

 あの上級生が、私をキャッチしてお姫様抱っこしていた。

 

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